DCF法の適用上、フリー・キャッシュ・フローの算定に利用する事業計画は、どのような形式で作成すればよいのか?実務で使える形を初心者向けに整理
DCF法を用いて企業価値を評価する場合、必ず問題になるのが「事業計画をどこまで作り込めばよいのか」という点です。理論的にいえば、予想損益計算書、予想貸借対照表、予想キャッシュ・フロー計算書の三表が整っていれば最も望ましいといえます。もっとも、実務ではそこまで精緻に作成することが難しい場合も少なくありません。
特に、予想貸借対照表の作成には、売上債権、棚卸資産、仕入債務といった運転資本項目だけでなく、引当金、繰延税金資産、その他の見積要素の多い科目まで含めて将来予測を行う必要があり、合理的な見積りが難しくなることがあります。そのため、DCF法の実務では、最低限として予想損益計算書を作成し、減価償却費、資本的支出、運転資本増減などの調整項目を別途見積もる形で対応することも多く行われています。
以下では、DCF法に用いる事業計画はどのような形式が望ましいのか、また、どこまで作れば実務上足りるのかを順に整理します。
【ポイント】 理想は三表一体の事業計画ですが、実務上は予想損益計算書をベースに、必要な調整項目を別途積み上げてフリー・キャッシュ・フローを算定する方法も広く用いられます。
■ まず押さえたい結論
DCF法においてフリー・キャッシュ・フローを算定するための事業計画は、次の順で考えると理解しやすくなります。
| 作成水準 | 内容 | 実務上の位置付け |
|---|---|---|
| 理想形 | 予想損益計算書、予想貸借対照表、予想キャッシュ・フロー計算書を整備する | 最も望ましい |
| 実務的対応 | 予想損益計算書を作成し、調整項目を別途見積もる | よく用いられる |
| 最低限必要な考え方 | 利益、減価償却費、資本的支出、運転資本増減を把握できる形にする | DCF法適用の出発点 |
つまり、三表があれば理論上も実務上も望ましい一方で、三表がないとDCF法が使えないわけではありません。重要なのは、フリー・キャッシュ・フローの構成要素を合理的に見積もれるかどうかです。
■ なぜ三表が望ましいのか
DCF法では、将来のフリー・キャッシュ・フローを予測して現在価値に割り引きます。フリー・キャッシュ・フローは一般に、利払前税引後利益に対して、減価償却費、資本的支出、運転資本の増減などを加減算して求めます。
この構造を踏まえると、三表がある場合には、それぞれから必要な情報を比較的自然に取り出すことができます。
| 必要項目 | 主な取得元 |
|---|---|
| 利益 | 予想損益計算書 |
| 減価償却費 | 予想損益計算書 |
| 資本的支出 | 予想キャッシュ・フロー計算書又は設備投資計画 |
| 運転資本増減 | 予想貸借対照表又は予想キャッシュ・フロー計算書 |
この意味で、予想損益計算書、予想貸借対照表、予想キャッシュ・フロー計算書が揃っていれば、DCF法で必要となる各調整項目のつながりを明確に把握しやすくなります。とりわけ、利益の予測と資金の動きが整合しているかを確認しやすいという点で、三表一体の計画は非常に有用です。
【実務メモ】 三表が揃っている事業計画は、DCF法のためだけでなく、金融機関説明、投資家説明、取締役会説明などにも使いやすく、計画の整合性を外部に示しやすいという利点があります。
■ ただし、予想貸借対照表の作成は簡単ではない
もっとも、理想論どおり三表を整備することは、現実には容易ではありません。特に問題になりやすいのが、予想貸借対照表の作成です。
貸借対照表には、単純に売上高や原価率から連動して決まる項目だけでなく、引当金、繰延税金資産、未払費用、固定資産の細かな増減、その他将来の見積りを要する項目が多数含まれます。これらをすべて合理的に予測するには、高度な会計・税務上の見積りや、詳細な管理資料が必要になります。
そのため、DCF法に必要な情報を得るためだけに、予想貸借対照表を過度に精緻に作り込もうとすると、かえって不合理な前提や説明困難な数値が増えてしまうこともあります。
| 予想貸借対照表で難しい項目の例 | 難しさの理由 |
|---|---|
| 引当金 | 将来の発生見込みや会計方針の影響を受ける |
| 繰延税金資産 | 税務上の将来差異や課税所得見込みが必要 |
| 固定資産の増減 | 投資計画、除却、償却の詳細把握が必要 |
| その他負債項目 | 支払時期や認識時点の見積りが必要 |
このため、実務では「三表が理想ではあるが、そこまで精緻な予測ができないなら、DCF法に必要な項目に絞って合理的に見積もる」という対応が現実的になります。
■ 最低限、予想損益計算書があれば対応しやすい
DCF法の適用にあたって最低限の出発点になるのは、予想損益計算書です。なぜなら、DCF法で基礎となる利益は、通常、営業利益又はそれに近い概念であり、これは主として次の項目から構成されるからです。
・売上高
・売上原価
・販売費及び一般管理費
これらは、貸借対照表項目に比べると、事業の内容や過去実績、市場環境を踏まえて比較的予測しやすい項目です。したがって、まず予想損益計算書を作成し、その利益水準を起点としてフリー・キャッシュ・フローを組み立てるという方法は、実務上非常に使いやすい形といえます。
| 項目 | 予測のしやすさ | 主な検討要素 |
|---|---|---|
| 売上高 | 比較的予測しやすい | 販売数量、単価、市場成長率 |
| 売上原価 | 比較的予測しやすい | 原価率、原材料価格、人件費 |
| 販管費 | 比較的予測しやすい | 固定費、変動費、成長投資 |
| 貸借対照表項目全般 | 予測が難しい場合が多い | 資金繰り、税務、引当、回収サイト等 |
【コメント】 DCF法のスタート地点としては、まず損益計画の合理性が最重要です。利益の予測が曖昧なまま、貸借対照表だけ精緻に作っても、評価の基礎は安定しません。
■ 実務ではどのように補うのか
予想損益計算書だけではフリー・キャッシュ・フローは完成しません。そこで、減価償却費、資本的支出、運転資本増減といった調整項目を別途見積もって補います。実務では、次のような形で対応することが多くなります。
■ 減価償却費の見積り
減価償却費は、予想損益計算書に含めて作成することもできますし、設備投資計画から別途算定することもできます。既存資産の償却スケジュールと新規投資の予定が分かれば、比較的見積もりやすい項目です。
■ 資本的支出の見積り
資本的支出は、設備投資計画や更新投資計画をもとに見積もるのが一般的です。成長投資だけでなく、既存設備の維持更新に必要な投資も含めて把握する必要があります。
■ 運転資本増減の見積り
運転資本については、主要項目である売上債権、棚卸資産、仕入債務を中心に予測します。簡便的には、これらの項目が売上高又は売上原価に比例して増減すると仮定し、各年度末残高を見積もる方法が用いられます。その他の小口項目については、一定額で推移するとみなす方法も実務上は一般的です。
| 調整項目 | 実務での見積方法 |
|---|---|
| 減価償却費 | 既存資産の償却予定、新規投資計画に基づく |
| 資本的支出 | 設備投資計画、維持更新投資計画に基づく |
| 売上債権 | 売上高に比例すると仮定して見積もる |
| 棚卸資産 | 売上高又は売上原価に比例すると仮定して見積もる |
| 仕入債務 | 売上原価に比例すると仮定して見積もる |
| その他項目 | 一定額で推移すると簡便的に置くことがある |
■ 簡便法のイメージ
実務では、次のような流れでフリー・キャッシュ・フローを作ることがよくあります。
| 手順 | 内容 |
|---|---|
| 1 | 予想損益計算書を作成する |
| 2 | 営業利益又は税引後営業利益を把握する |
| 3 | 減価償却費を加算する |
| 4 | 設備投資計画に基づき資本的支出を控除する |
| 5 | 売上債権、棚卸資産、仕入債務等から運転資本増減を見積もって調整する |
| 6 | 各年度のフリー・キャッシュ・フローを算定する |
この方法であれば、三表が完全に揃っていなくても、DCF法に必要なキャッシュ・フローの予測を実務上対応可能な形で作成することができます。
【初心者向けの理解】 難しく見えますが、要するに「利益計画」をベースにして、「お金が出ていく設備投資」や「売掛金・在庫などに寝てしまうお金」を別途引き直せば、フリー・キャッシュ・フローに近づけることができます。
■ どの形式がよいかは、会社の規模と資料の整備状況によって異なる
事業計画をどの形式で作るべきかは、評価対象企業の規模や管理体制によっても変わります。上場会社や大企業グループでは、もともと三表連動の予算管理を行っていることも多く、予想貸借対照表や予想キャッシュ・フロー計算書まで整備されている場合があります。そのような場合には、DCF法でも三表をそのまま活用しやすくなります。
一方で、中小企業やオーナー企業では、損益計画は作っていても、貸借対照表やキャッシュ・フロー計画までは詳細に作成していないことが珍しくありません。その場合には、現実的な範囲で損益計画を整えたうえで、必要な調整項目だけを追加的に見積もる方が、かえって合理的な評価につながります。
| 企業の状況 | 向いている事業計画の形式 |
|---|---|
| 三表管理が整っている会社 | 予想PL・予想BS・予想CFを活用しやすい |
| 予算管理は損益中心の会社 | 予想PL+調整項目の別途見積りが現実的 |
| 設備投資や運転資本管理が重要な会社 | 損益計画に加えて投資計画や回転期間分析が必要 |
■ 実務上の注意点
DCF法に用いる事業計画の形式を考える際には、単に「何を作るか」だけでなく、「その数値が合理的に説明できるか」を重視する必要があります。形式だけ整っていても、中身が不合理であれば意味がありません。
特に次の点には注意が必要です。
・損益計画と設備投資計画が整合しているか
・売上成長に対して運転資本増加の見積りが不足していないか
・減価償却費と資本的支出のバランスが不自然でないか
・継続価値の前提と最終年度の数値が整合しているか
・税務効果や一時要因が適切に処理されているか
【実務メモ】 DCF法は数式の問題というより、計画の整合性の問題です。したがって、三表があるかどうか以上に、利益、投資、運転資本、税務効果のつながりが説明できるかが重要になります。
■ まとめ
DCF法の適用上、フリー・キャッシュ・フローの算定に利用する事業計画は、予想損益計算書、予想貸借対照表、予想キャッシュ・フロー計算書の三表が揃っていれば最も望ましいといえます。もっとも、予想貸借対照表の作成には多くの見積りが必要であり、合理的な予測が難しい場合も少なくありません。
そのため、実務では、まず予想損益計算書を作成し、そのうえで減価償却費、資本的支出、運転資本増減などを別途見積もって、フリー・キャッシュ・フローを算定する方法が広く用いられています。
要点を整理すると、次のとおりです。
・理想は予想損益計算書、予想貸借対照表、予想キャッシュ・フロー計算書の三表を整備すること
・ただし、予想貸借対照表は見積りが難しく、実務上は損益計画中心で対応することも多いこと
・最低限、予想損益計算書を作成し、利益を合理的に見積もることが重要であること
・減価償却費、資本的支出、運転資本増減は別途計画や簡便的仮定に基づいて補うことができること
・形式よりも、各項目の整合性と説明可能性が重要であること
DCF法の事業計画を見る際には、「三表があるか」だけでなく、「フリー・キャッシュ・フローを構成する要素が、どのような根拠で見積もられているか」を確認することが、実務上の最も重要な視点になります。