関連者間取引の書類保存特例とは
令和8年度税制改正により、「関連者間取引に係る書類の整理保存の特例」が創設されました。これは、内国法人が親会社やグループ会社などの関連者から一定の役務提供や無形資産の譲渡・貸付けを受けた場合に、契約書や請求書などの既存資料だけでは取引内容や対価算定の根拠が十分に分からないとき、補完的な書類の取得・作成・保存を求める制度です。
制度の背景には、企業グループ内の取引では、第三者との通常取引と異なり、価格や費用負担の決まり方が外形上見えにくいという事情があります。たとえば、親会社から子会社へ経営指導を行い、その対価として「経営指導料」を支払っている場合でも、税務上は「何をしてもらったのか」「いくらをどう計算したのか」が説明できなければ、費用性や金額の妥当性が問題になり得ます。
今回の特例は、まさにその説明資料を整えておくことを求めるルールと理解すると分かりやすいでしょう。
まず押さえたい結論
制度の理解にあたり、最初に重要なポイントを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | ポイント |
|---|---|
| 対象法人 | 青色申告法人・白色申告法人を問わず、外国法人を除く全ての内国法人 |
| 対象取引 | 関連者から受ける工業所有権等の譲渡・貸付け、一定の役務提供 |
| 必要となる場面 | 契約書・請求書・領収書等に、取引内容や対価算定方法などの必要事項の記載がない場合 |
| 追加で必要なもの | 不足事項を明らかにする特定事項記載書類の取得又は作成 |
| 保存期間 | 起算日から7年間 |
| 適用時期 | 令和8年4月1日以後に開始する事業年度に行う関連者間取引から適用 |
| 電子で受け取った場合 | 電子取引で取得した特定事項は、紙の補完書類ではなく電子帳簿保存法に基づいて保存 |
実務メモ
「契約書があるから大丈夫」とは限りません。契約書に“何を・いくらで・どう計算したか”まで書かれていないケースでは、この特例の対象になる可能性があります。
この制度はどの法人が対象になるのか
この制度は、一部の大企業だけに適用されるものではありません。資料によれば、改正法人税法施行規則では、青色申告法人に関する規定と、白色申告法人などの普通法人等に関する規定が置かれており、外国法人を除く全ての内国法人が対象となります。
したがって、中小企業であっても、グループ会社や実質的に支配関係のある法人との間で対象取引がある場合には、制度の確認が必要です。
対象法人の整理
| 法人区分 | 対象になるか | コメント |
|---|---|---|
| 青色申告法人 | 対象 | 保存が不十分な場合、青色申告承認取消しの論点にもつながり得る |
| 白色申告法人 | 対象 | 青色申告でなくても制度対象となる |
| 中小法人 | 対象 | 規模要件による除外はない |
| 外国法人 | 原則対象外 | 資料上、外国法人を除く内国法人が対象 |
注意
「うちは中小企業だから関係ない」と考えるのは危険です。持株関係や支配関係のある会社から役務提供を受けているだけで、対象に入る可能性があります。
関連者とは誰をいうのか
ここでいう「関連者」は、単に親会社・子会社という形式的な関係だけではありません。資料では、内国法人・外国法人を問わず、持株関係、実質的支配関係、これらが連鎖する関係など、特殊の関係のある法人が含まれるとされています。
つまり、直接100%親子の会社だけでなく、兄弟会社、実質的に経営支配されている法人、一定の連鎖関係にある法人も含まれ得ます。
関連者のイメージ
| 関係性 | 該当可能性 | イメージ |
|---|---|---|
| 親会社・子会社 | 高い | 直接保有関係がある法人 |
| 兄弟会社 | 高い | 同じ親会社に支配される法人同士 |
| 実質支配関係のある法人 | あり得る | 出資比率だけでなく実質支配を伴う関係 |
| 海外の関係会社 | あり得る | 相手方が外国法人でも関連者になり得る |
どのような取引が対象になるのか
この特例の対象となるのは、費用の額の原因となる一定の関連者間取引です。大きく分けると、工業所有権等の譲渡又は貸付けと、一定の役務提供が対象です。
実務上は、特に役務提供に関する取引が多く、経営管理料、ブランド使用を伴う支援、技術指導料、システム関連サービス、研究開発支援、広告宣伝費の分担、共通部門費の配賦などが問題になりやすいと考えられます。
対象取引の整理
| 区分 | 内容 | 実務上の例 |
|---|---|---|
| 工業所有権等の譲渡又は貸付け | 特許、ノウハウ等の無形資産の利用・移転 | 商標使用料、技術ライセンス料、特許実施料 |
| 役務提供(費用負担型) | 研究開発、広告宣伝、専用資産の維持管理などで費用の全部又は一部を役務被提供者が負担するもの | グループ共通の研究開発費負担、共同広告費の配賦、共有設備の維持費負担 |
| 役務提供(指導・管理型) | 経営管理、指導、情報提供その他、知識経験に基づく役務提供 | 経営指導料、本社管理費、IT支援料、人事・経理支援料 |
| これらに類するもの | 上記に準ずる役務提供 | シェアードサービス、グループ管理サービス |
現場感覚での理解
税務上よく見られるのは、「毎月○万円の管理料」「売上の○%のロイヤリティ」という契約だけがあり、その金額の根拠資料が弱いケースです。この制度は、その“根拠の薄さ”を補うための保存ルールと考えると分かりやすいです。
何が書いていないと問題になるのか
この制度では、すでに保存義務のある契約書、注文書、請求書、領収書、見積書などに、一定事項が記載されていない場合に対応が必要になります。言い換えれば、もともとの証憑類に必要事項が十分に記載されていれば、追加資料が不要となる場面もあります。
問題となるのは、必要事項のうち、書かれていない部分があるケースです。その書かれていない部分が「特定事項」とされ、これを明らかにする「特定事項記載書類」の保存が必要になります。
対象取引ごとの必要記載事項
1. 工業所有権等の譲渡又は貸付け
| 必要記載事項 | 実務での意味 |
|---|---|
| 工業所有権等の明細 | どの特許・商標・ノウハウ等が対象か |
| 工業所有権等の内国法人において果たす機能 | その無形資産が日本法人の事業でどう使われているか |
| 対価の額の明細及び対価の額の設定の方法 | 金額の内訳と算定根拠、料率の決まり方 |
2. 役務提供(費用負担型)
| 必要記載事項 | 実務での意味 |
|---|---|
| 事業活動の内容 | 何の活動について費用負担するのか |
| 内国法人が負担することとなる費用の額の計算の方法 | 配賦基準、計算式、負担割合など |
3. 役務提供(管理・指導型、類似取引を含む)
| 必要記載事項 | 実務での意味 |
|---|---|
| 役務提供の明細及び内容 | 具体的に何をしてもらったのか |
| 役務提供に係る対価の額の明細及び計算の方法 | いくらをどの根拠で請求しているのか |
「特定事項記載書類」とは何か
契約書や請求書などに必要事項が書かれていないとき、その不足部分を補うために取得又は作成する書類が「特定事項記載書類」です。
たとえば、親会社から「経営指導」を受けており、契約書には「経営指導を行う」「月額50万円を支払う」とだけ書かれているものの、実際にどのような指導を行ったのか、50万円の計算根拠が明らかでない場合には、別途、その内容と計算方法を示す資料を整える必要があります。
特定事項記載書類のイメージ
| 不足している事項 | 補完書類の例 |
|---|---|
| 役務内容が不明確 | 業務内容説明書、月次業務報告書、会議記録、支援実績一覧 |
| 対価算定根拠が不明確 | 配賦計算書、工数集計表、原価計算資料、料率設定メモ |
| 無形資産の対象が曖昧 | 対象資産一覧、権利明細、利用範囲の説明資料 |
| 法人における機能が不明 | 事業フロー図、ブランド使用状況、技術利用状況の説明資料 |
実務ポイント
補完書類は、必ずしも豪華なレポートである必要はありません。実際には、契約書・請求書・業務報告・計算表を組み合わせて、「誰が見ても取引実態と対価算定が分かる状態」にしておくことが重要です。
いつまでに取得・作成すればよいのか
資料によれば、特定事項記載書類は、事業年度終了後、一定の期限までに取得又は作成し、整理保存することが必要です。実務上は、確定申告期限までに必要資料をそろえるという理解が重要です。
たとえば3月決算法人で、令和8年4月1日以後に開始する最初の事業年度が令和8年4月1日から令和9年3月31日までである場合、その事業年度中の対象取引について、原則として令和9年3月期の確定申告期限までに必要資料を整えることになります。
スケジュール感の整理
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 適用開始 | 令和8年4月1日以後に開始する事業年度の対象取引 |
| 初年度の例(3月決算) | 令和8年4月1日~令和9年3月31日の取引が対象 |
| 準備期限の実務目線 | 令和9年3月期の確定申告期限までに取得・作成・保存 |
| 保存期間 | 起算日から7年間 |
電子で受け取った場合はどうなるのか
この制度では、特定事項記載書類は紙での取得を前提とした仕組みとして整理されています。一方で、特定事項をメール等の電子取引により取得した場合には、この特例に基づく紙の補完書類は不要とされ、その代わりに、取得した電子データを電子帳簿保存法に基づいて保存することになります。
したがって、親会社から対価計算の明細や役務内容の説明資料をPDFやメール本文で受領した場合には、その電子データ自体を適切に保存する運用が必要です。
紙と電子の整理
| 取得方法 | 必要な対応 |
|---|---|
| 紙で取得 | 特定事項記載書類として整理保存 |
| メール・PDF・クラウド等で取得 | 電子帳簿保存法に従って電子保存 |
実務上の落とし穴
「メールで来ているから安心」ではありません。電子で受け取った場合は、電子帳簿保存法に沿った検索性や保存体制の確認が必要です。
青色申告法人は特に注意が必要
資料では、青色申告法人について、特定事項記載書類が保存されていないことが、青色申告の承認取消事由等に該当し得るとされています。この点は非常に重い意味を持ちます。
青色申告の承認取消しは、単なる書類不備にとどまらず、欠損金の繰越控除など、各種税務上のメリットに影響し得るためです。もちろん、直ちに取消しとなるかは個別判断ですが、少なくとも「保存資料の整備不足は重大な管理不備」と評価されるリスクがあります。
青色申告法人への影響
| 論点 | 影響 |
|---|---|
| 保存義務違反 | 帳簿書類の保存体制不備として問題化し得る |
| 税務調査対応 | 役務内容・対価根拠の説明が困難になる |
| 青色申告承認への影響 | 承認取消事由等の論点となり得る |
実務で特に注意したい取引類型
制度上の条文を読むだけでは抽象的に感じられますが、実務では次のような取引が典型的なチェック対象になります。
要注意となりやすい取引
- 親会社から子会社への経営管理料、経営指導料
- グループ共通部門の人事・経理・法務・IT支援料
- ブランド使用料、商標使用料、ノウハウ使用料
- 研究開発費、広告宣伝費、共通システム費の配賦
- シェアードサービス会社からの役務提供
- 専用設備・専用資産の利用や維持管理費の負担
これらは、いずれも「実際に何をしているか」「その法人に便益があるか」「どうやって金額を決めたか」が曖昧になりやすいものです。
初心者にも分かる実務対応の進め方
この制度に対応するためには、難しい税務理論を先に学ぶよりも、まずは社内で対象取引を洗い出し、証憑がどこまでそろっているかを確認することが大切です。流れとしては、次の順番で進めると実務に乗りやすくなります。
実務対応フロー
| ステップ | 対応内容 | 実務上のポイント |
|---|---|---|
| 1 | 関連者を洗い出す | 親子会社、兄弟会社、実質支配先、海外関係会社も含めて確認 |
| 2 | 対象取引を抽出する | 役務提供、ロイヤリティ、費用配賦取引を中心にチェック |
| 3 | 契約書・請求書等を点検する | 役務内容、対価明細、計算方法の記載有無を確認 |
| 4 | 不足資料を補完する | 業務報告書、計算書、配賦基準表などを整備 |
| 5 | 保存方法を決める | 紙保存か、電子帳簿保存法に沿った電子保存かを整理 |
| 6 | 決算・申告前に最終確認する | 確定申告期限までに不備がない状態にしておく |
社内チェックリスト
制度対応の入口として、次のチェック項目を確認しておくと有効です。
- グループ会社や支配関係のある法人から役務提供を受けているか
- 無形資産の使用料やライセンス料を支払っているか
- 契約書に、役務内容や対象資産が具体的に書かれているか
- 請求書に、金額の内訳や計算根拠が示されているか
- 費用配賦であれば、配賦基準が説明できるか
- 月次業務報告や稼働実績など、実態を示す資料があるか
- メールやPDFで受領した資料を電子保存できているか
おすすめの進め方
まずは「管理料」「指導料」「使用料」「配賦」という勘定科目・摘要を会計データから拾い、相手先が関連者かどうかを照合する方法が効率的です。
よくある実務上の疑問
契約書があれば十分なのでしょうか
必ずしも十分とはいえません。契約書に取引の大枠しか書かれておらず、具体的な業務内容や対価の計算方法が不明であれば、不足事項を補う資料が必要になります。契約書、請求書、計算書、業務報告書を組み合わせて、全体として必要事項が分かる状態にすることが重要です。
少額の管理料でも対象になるのでしょうか
資料上、少額不追及のような明確な金額基準は示されていません。そのため、金額が小さいから自動的に対象外とは言いにくく、取引の性質に応じて確認が必要です。もっとも、実務上は、金額的重要性を踏まえつつも、少なくとも継続的に支払っている関連者向け費用は一度点検しておくべきでしょう。
海外親会社からの役務提供も対象でしょうか
相手方が外国法人であっても、関連者に該当し得ると整理されています。そのため、海外親会社や海外グループ会社から受ける技術支援や経営支援も、制度の射程に入る可能性があります。移転価格税制の文脈とも近いため、国際取引のある法人は特に注意が必要です。
論点整理
ここまでの内容を、実務上の論点として整理すると、次の3点に集約できます。
- 対象範囲は広い
一部の大企業向け制度ではなく、全ての内国法人が対象になり得ます。 - ポイントは「取引実態」と「対価根拠」の見える化
契約書の有無だけでなく、何をして、どう計算したかまで説明できる必要があります。 - 証憑管理の運用整備が重要
税務部門だけでなく、経理、法務、親会社管理部門、シェアードサービス部門との連携が必要です。
根拠法令
本稿で扱った制度の主な根拠は、資料に示されている以下の法令です。
- 法人税法施行規則第59条の2
- 法人税法施行規則第62条
- 法人税法施行規則第67条の2
- 改正法人税法施行規則附則第8条
また、電子で取得した特定事項の保存については、電子帳簿保存法上の電子取引保存のルールが関係します。
まとめ
令和8年度税制改正で創設された関連者間取引の書類保存特例は、グループ会社間の役務提供や無形資産取引について、「実態」と「対価算定根拠」を見える形で残すことを求める制度です。
対象は広く、青色申告法人だけでなく白色申告法人も含む全ての内国法人に及びます。特に、経営管理料、指導料、ロイヤリティ、費用配賦といった取引は、契約書だけでは説明が足りないことが多く、早めに資料整備を進めておくことが重要です。
実務対応としては、まず関連者との取引を洗い出し、次に既存資料の記載内容を確認し、不足する事項を補完資料で埋めるという流れが基本になります。電子で受け取った資料は、電子帳簿保存法に沿った保存も忘れてはなりません。
制度開始後に慌てないためにも、決算や申告のタイミングを待たず、今のうちから管理料・指導料・使用料・配賦費用の契約と証憑を点検しておくことをおすすめします。