経過措置医療法人の「持分問題」とは?持分あり社団医療法人の2つの権利と3つの税務・経営リスクを整理
持分あり社団医療法人は、平成18年の医療法改正以後、新たに設立することはできなくなりました。しかし、既存の法人は「経過措置医療法人」として現在も存続しており、医療法人実務や事業承継の現場では、なお重要な存在です。
その一方で、経過措置医療法人には、いわゆる「持分問題」があります。これは、出資者にとっては財産権の問題である一方、医療法人側からみると、将来の資金流出や相続・贈与課税を引き起こし得る経営上の大きなリスクでもあります。
本稿では、持分問題の基本を、2つの権利と直接的リスク・間接的リスクに分けて、実務目線でわかりやすく解説します。
1.経過措置医療法人とは何か
(1)持分あり社団医療法人は現在どう位置付けられているか
平成18年の医療法改正(第5次医療法改正)により、持分あり社団医療法人は新設できなくなりました。他方で、既存の持分あり社団医療法人は、「当分の間」存続する経過措置医療法人とされました。
また、持分なし医療法人への移行は、法律上自主的移行とされており、強制ではありません。これは、既存医療法人の運営の安定性に配慮するとともに、出資者の財産権を侵害しないようにするためです。
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「そのうち持分あり医療法人は一律になくなる」と誤解されることがありますが、現時点では強制移行を前提とした制度にはなっていません。したがって、今ある持分問題は、現実の経営課題として向き合う必要があります。
2.持分とは何か
(1)医療法上の持分の定義
医療法では、持分について、次のように整理されています。
持分とは、定款の定めるところにより、出資額に応じた払戻し又は残余財産の分配を受ける権利
この定義から、持分には大きく次の2つの権利があることがわかります。
- 社員退社時の持分払戻し請求権
- 医療法人解散時の残余財産分配請求権
出資者からみれば、持分は重要な私有財産です。しかし、医療法人側からみると、この持分が将来的な資金流出や税務問題の火種になることがあります。これが、いわゆる「持分問題」です。
3.持分問題の全体像
| 区分 | 内容 | 医療法人への影響 |
|---|---|---|
| 直接的リスク | 退社社員から持分払戻し請求を受ける | 多額の資金流出が生じ得る |
| 間接的リスク① | 持分に相続税が課税される | 相続人が納税資金確保のため払戻請求する可能性 |
| 間接的リスク② | 一部出資者の持分放棄 | 残存出資者にみなし贈与課税の可能性 |
| 間接的リスク③ | 全出資者が持分放棄して持分なしへ移行 | 一定要件を満たさないと医療法人にみなし贈与課税の可能性 |
4.直接的リスク|退社時の持分払戻し請求
(1)退社社員は払戻しを請求できる
経過措置医療法人のモデル定款では、一般に、社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求できる旨が定められています。
ここで重要なのは、払戻額が単なる「当初出資額」ではなく、退社時点の法人財産を基準として計算され得る点です。
(2)払戻額は退社時の時価純資産ベースで争われることがある
過去の行政解釈や裁判例では、退社社員に対する持分払戻しについて、退社当時の医療法人が有する財産の総額を基準として、出資割合に応じて算定する考え方が示されています。
判例上も、払戻請求金額について、社員退社時点の時価純資産価額を前提とした算定が認められています。さらに、次の点も重要です。
| 論点 | 考え方 |
|---|---|
| 評価時点 | 社員の退社時点(払戻請求時点ではない) |
| 払戻額 | 出資金の時価純資産価額ベース |
| 法人税等相当額 | 控除しない |
| 従業員退職金等の清算費用 | 資産総額からの控除は認めない |
※参考:平成6年(ネ)第1929号東京高裁平成7年6月14日判決、最高裁平成10年11月24日確定
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医療法人側からみると、持分払戻しは「思ったより高額になる」ことがあります。特に土地や建物に含み益がある法人では、出資額を大きく超える払戻請求リスクを抱えることになります。
(3)交渉で減額することはあり得るが、リスクは消えない
実務上は、退社社員と医療法人の交渉により、払戻額を一定程度調整することもあります。ただし、これはあくまで合意によるものであり、法的には時価純資産価額ベースで請求される可能性が残ります。
そのため、経過措置医療法人にとって、持分払戻請求権は、将来的な多額の資金流出につながり得る直接的な経営リスクといえます。
5.間接的リスク①|持分への相続税課税
(1)持分は相続税の課税対象になる
持分には財産的価値があるため、相続が発生した場合には相続税の課税対象となります。評価は、一般に取引相場のない株式に準じた考え方で行われ、財産評価基本通達194-2(医療法人の出資の評価)に基づいて算定されます。
大規模な医療法人では、この評価額が数十億円規模に達することもあり、相続人にとって極めて重い税負担になる場合があります。
(2)相続税の納税資金確保のため払戻請求が起こり得る
相続人が多額の相続税を負担した場合、その納税資金を確保するために、相続した持分について払戻請求権を行使することが考えられます。
つまり、相続税課税は単に相続人個人の問題にとどまらず、医療法人にとっても、将来の払戻請求を誘発する間接的な経営リスクになります。
6.間接的リスク②|一部出資者の持分放棄によるみなし贈与課税
出資者が複数いる場合、相続税負担を回避したいなどの事情から、ある出資者だけが持分を放棄するケースがあります。
しかし、この場合、放棄された持分の価値が結果的に残る出資者へ移転したとみなされ、残存出資者に贈与税が課税される可能性があります。これが、いわゆるみなし贈与課税です。
法的根拠としては、一般に相続税法第9条が問題となります。
注意点
「持分を放棄すれば課税関係はなくなる」と考えるのは危険です。誰が利益を受けるのかを税務上で見直されるため、放棄の前に必ず税務検討が必要です。
7.間接的リスク③|持分なし移行時の医療法人へのみなし贈与課税
すべての出資者が持分を放棄し、持分なし医療法人へ移行する場合にも注意が必要です。
この場合、一定の要件を満たさないと、持分放棄によって医療法人が経済的利益を受けたとみなされ、医療法人に対してみなし贈与税が課税される可能性があります。
ここで問題となるのが、相続税法第66条第4項です。
つまり、持分なしへの移行は、単に制度変更の問題ではなく、相続税・贈与税の課税関係を精緻に確認しながら進める必要がある実務論点です。
8.持分問題を図式で整理するとどうなるか
(1)直接的影響
- 出資者が退社する
- 持分払戻し請求権を行使する
- 医療法人に多額の支払義務が発生する
(2)間接的影響
- 出資者が死亡し、相続が開始する
- 相続税が課税される
- 相続人が納税資金確保のため払戻請求する可能性がある
- 一部出資者の持分放棄では残存出資者に贈与税リスクがある
- 全員放棄では医療法人に贈与税リスクがある
9.まとめ|持分問題は「権利」の問題であると同時に「経営リスク」の問題でもある
経過措置医療法人の持分問題は、単に古い制度が残っているという話ではありません。持分には、
- 退社時の払戻しを受ける権利
- 解散時の残余財産分配を受ける権利
という明確な財産権がある一方で、医療法人側には、
- 退社時の多額払戻しという直接的リスク
- 相続税課税に伴う払戻請求という間接的リスク
- 持分放棄に伴う贈与税リスク
が存在します。
したがって、持分あり医療法人では、単に「持分がある」という事実を認識するだけでは足りず、出資者構成、相続対策、持分評価、払戻し対応、持分なし移行の可否まで含めて、早い段階から検討することが重要です。
10.根拠条文・実務上の参照ポイント
- 医療法第10条の3第3項(持分の定義)
- 医療法改正(平成18年・第5次医療法改正)
- 財産評価基本通達194-2(医療法人の出資の評価)
- 相続税法第9条(みなし贈与)
- 相続税法第66条第4項(法人に対する贈与等)
- 平成6年(ネ)第1929号東京高裁平成7年6月14日判決、最高裁平成10年11月24日確定