6.M&A後に事業承継税制は使えるのか
一部事業譲渡や事前の会社分割を使ったM&Aでは、「売却前の税金」だけでなく、M&A後に事業承継税制を使えるかどうかも非常に重要です。
特にオーナー経営者が、M&A後も別事業を引き続き保有する予定である場合や、後継者への贈与・相続を視野に入れている場合には、どの手法を選ぶかによって、事業承継税制の使いやすさが大きく変わります。
ここでいう事業承継税制とは、非上場株式等に係る贈与税・相続税の納税猶予及び免除の特例制度を指します。国税庁のタックスアンサーNo.4148や中小企業庁の案内でも示されているとおり、この制度は一定要件を満たした後継者に対して、非上場株式に係る相続税・贈与税の納税を猶予・免除する制度です。
実務上の着眼点
M&Aの場面では「いくらで売れるか」に目が向きがちですが、オーナー一族にとっては、売却後に残る会社や資産をどう承継するかも同じくらい大切です。特に一部事業譲渡では、M&A後に残る会社の性格が変わるため、事業承継税制への影響を先に確認すべきです。
まず押さえたい前提:資産保有型会社・資産運用型会社に該当すると使えない
いずれの手法を採用したとしても、M&A後の会社が資産保有型会社または資産運用型会社に該当する場合には、事業承継税制を適用できません。
これは、事業承継税制が「実際に事業を承継する会社」を対象とした制度であり、資産管理会社や運用会社に近い性格の会社は原則として制度の対象外とされているためです。
したがって、M&Aのスキームを検討する際には、売却後に残る会社が次のような状態にならないかを確認する必要があります。
- 事業資産よりも、現預金・有価証券・賃貸不動産などの特定資産の割合が高くなる
- 売却代金を一時的に多額に保有することで、資産運用型会社に近づく
- 本業を譲渡した結果、残る会社の事業実態が弱くなる
M&A対象の事業を直接譲渡する手法では、3年以内の生前贈与でも特例を使える余地がある
M&A対象の事業そのものを譲渡する手法を採用した場合、M&A後の会社が資産保有型会社・資産運用型会社に該当しなければ、3年以内に生前贈与を行ったとしても、非上場株式等に係る贈与税の納税猶予の特例制度を利用できる余地があります。
これは、対象会社の株式そのものを譲渡するわけではなく、会社が事業を譲渡する構造であるため、後継者が特例認定贈与承継会社の役員である期間要件との関係で、株式譲渡方式より不利になりにくいからです。
もっとも、注意点もあります。特定資産を譲渡した場合、その譲渡価額は特定資産の運用収入に含まれるため、一時的に資産運用型会社に該当する可能性があります。その結果、資産運用型会社に該当しなくなるまで、事業承継税制を適用できなくなることもあり得ます。
ただし、この点は一律に不利と決めつけるべきではありません。事業活動に必要な資金を調達するために特定資産を譲渡した場合には、一定の特例的な取扱いが認められる余地があるため、個別事情に応じた検討が必要です。
ここが実務の難所です
事業譲渡方式は、株主課税を直ちに発生させない点で使いやすい一方、売却代金が会社に残ることで一時的に資産運用型会社に見えやすくなることがあります。条文だけでなく、売却後の貸借対照表まで見て判断する必要があります。
M&A対象外の事業を切り離してから株式譲渡する手法では、当面は贈与税の特例が使いにくい
これに対して、M&A対象外の事業を簿価で切り離してから被買収会社株式を譲渡する手法、またはM&A対象外の事業を時価で切り離してから被買収会社株式を譲渡する手法を採用した場合には、事業承継税制の使い勝手が大きく変わります。
この場合、非上場株式等に係る贈与税の納税猶予の特例については、後継者が贈与の日まで引き続き3年以上にわたり、特例認定贈与承継会社の役員その他の地位を有していることが必要になります。
そのため、M&A対象外事業を切り出した直後の受皿会社については、後継者の役員就任期間がまだ足りず、当面の間はこの特例の適用を受けることができないという問題があります。
要するに、株式譲渡方式はM&A実行という意味では分かりやすいものの、M&A後に残る会社について、すぐに事業承継税制を使いたい場面では不利になりやすいのです。
受皿会社の代表者に誰が就くかでも、相続税の特例に影響する
さらに注意したいのは、誰が受皿会社の代表取締役になるのかという点です。
被相続人が、M&A対象外の事業を引き継いだ受皿会社の代表取締役にならない場合には、その被相続人は特例認定承継会社の代表権を有していた個人に該当しないことがあります。
その結果、事業承継税制のうち、贈与税の納税猶予の特例制度だけでなく、相続税の納税猶予の特例制度も適用できない可能性があります。
この論点は見落とされやすいのですが、実務では非常に重要です。組織再編やM&Aでは、税務上の形式要件と会社法上の役員体制が密接に関係するため、単に事業を移しただけでは足りず、誰が経営権を持つのかまで含めて設計する必要があります。
株式は対象になるが、売却代金そのものは事業承継税制の対象にならない
もう一つ重要なのは、非上場株式等そのものは事業承継税制の対象になる一方で、被買収会社の株主が受け取った株式譲渡代金そのものは、事業承継税制の対象にはならないという点です。
つまり、株式を保有し続けて承継する場合には納税猶予の対象になり得ても、M&Aで株式を売却して現金化してしまうと、その現金そのものを同じように事業承継税制で守ることはできません。
この点は、オーナー一族の資産承継を考えるうえで非常に大きな違いです。
- 非上場株式のまま承継するなら、事業承継税制の対象になり得る
- 株式を売却して得た現金は、事業承継税制の対象外
- したがって、「売る前に承継するか」「承継せずに売却するか」で相続対策が変わる
それでも株式譲渡方式を選ぶ場面はある
もっとも、だからといって、M&A対象外の事業を切り離してから被買収会社株式を譲渡する手法が常に不利だとはいえません。
たとえば、後継者以外の相続人に対して遺産分割を行う必要がある場合には、株式譲渡代金という換価しやすい資産を確保できることに大きな意味があります。
非上場株式は分けにくい一方で、現金は分けやすいため、相続税が課税されたとしても、遺産分割のしやすさを優先して、あえて株式譲渡方式を選ぶことは十分にあり得ます。
相続実務の視点
税金だけで見れば不利でも、現金化によって遺産分割がしやすくなるなら、家族全体としては合理的な選択になることがあります。M&Aでは「節税額」だけでなく、「分けやすさ」「争いにくさ」も重要です。
実務上の整理:どの手法が事業承継税制と相性がよいか
| 手法 | 事業承継税制との相性 | 実務上のポイント |
|---|---|---|
| M&A対象事業を直接譲渡する手法 | 比較的検討しやすい | 3年以内の生前贈与でも特例利用の余地あり。ただし一時的な資産運用型会社該当に注意 |
| M&A対象外事業を簿価で切り離してから株式譲渡する手法 | 当面は不利になりやすい | 後継者の役員就任3年要件が壁になりやすい |
| M&A対象外事業を時価で切り離してから株式譲渡する手法 | 当面は不利になりやすい | 上記に加え、時価移転に伴う課税関係も要確認 |
まとめ
M&A後の事業承継税制を考えるときは、単に「売却できるかどうか」ではなく、売却後に残る会社がどのような性格になるのか、後継者がいつから役員になっているのか、代表権を誰が持つのかまで含めて検討しなければなりません。
整理すると、次のように考えると分かりやすいでしょう。
- M&A対象事業を直接譲渡する手法は、M&A後の事業承継税制との接続を比較的設計しやすい
- 対象外事業を切り離してから株式譲渡する手法は、贈与税の納税猶予特例との関係で当面不利になりやすい
- もっとも、株式譲渡代金を相続人間の遺産分割に活用できる点では大きな実務メリットがある
そのため、最終的なスキーム選択では、法人税・所得税・相続税を別々に考えるのではなく、オーナー一族全体の資産承継まで一体で設計することが不可欠です。