3.株式譲渡前に多額の配当を行う手法
土地やのれんなどの含み益を有する会社を第三者へ売却する場合、単純な株式譲渡よりも、事業譲渡の方が税務上有利になることがあります。その理由の一つは、株式譲渡では売り手株主に株式譲渡益課税が生じるのに対し、事業譲渡では、譲渡益の一部を会社段階で認識させる一方、買い手側で将来の税務メリットを取り戻せる場面があるためです。
もっとも、売り手株主が内国法人である場合には、株式譲渡の前に被買収会社から多額の配当を行わせることで、株式譲渡益の一部を受取配当等へ振り替え、結果として単純な株式譲渡よりも税負担を軽くすることがあります。実務では、いわゆる配当後株式譲渡方式として検討される場面です。
ここでのポイント
株式譲渡前に配当を実施すると、会社の純資産が減少するため、通常は株式譲渡価額もその分だけ下がります。売り手株主が法人であれば、配当について受取配当等の益金不算入の適用が見込まれるため、株式譲渡益として課税される部分を圧縮できることがあります。
3-1.この手法の基本的な考え方
この手法では、被買収会社が分配可能額の範囲で配当を行い、その後に株式を譲渡します。すると、売り手株主は、もともと株式譲渡価額に含まれていた価値の一部を、株式譲渡代金ではなく配当として受け取ることになります。
本件の前提では、分配可能額の全額である2,900百万円を配当した後に株式を譲渡するケースを比較対象とします。
論点整理
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 何を狙う手法か | 株式譲渡益の一部を受取配当等へ振り替えること |
| 誰に有効か | 売り手株主が内国法人である場合に特に有効性を検討しやすい |
| 理論上の効果 | 益金不算入の適用により、株式譲渡益課税を圧縮し得る |
| 注意点 | 簿価減額規制、資本政策、登録免許税、均等割・資本割など周辺コストも確認が必要 |
4.株式譲渡方式と配当後株式譲渡方式との比較
まずは、単純な株式譲渡方式と、2,900百万円の配当を行った後に株式譲渡を行う方式とを比較します。
4-1.被買収会社側の税負担
| 項目 | 株式譲渡方式(配当なし) | 株式譲渡方式(配当あり) |
|---|---|---|
| 被買収会社 | 株主が変わるだけであるため、原則として課税関係は生じない | 同左 |
| 被買収会社の株主 | 株式譲渡益に対して課税される | 配当部分について受取配当等の益金不算入を前提に、株式譲渡益が圧縮される |
4-2.売り手株主の税額比較
| 項目 | 配当なし | 配当あり |
|---|---|---|
| 株式譲渡価額 | 9,000 | 9,000-2,900=6,100 |
| 株式帳簿価額 | 100 | 100 |
| 株式譲渡益 | 8,900 | 6,000 |
| 税額(30%) | 2,670 | 1,800 |
配当なしの計算式:
(9,000-100)×30%=2,670百万円
配当ありの計算式:
(9,000-2,900-100)×30%=1,800百万円
4-3.買収会社側の税負担
| 項目 | 株式譲渡方式(配当なし) | 株式譲渡方式(配当あり) |
|---|---|---|
| 買収会社 | 単なる株式取得であるため、原則として課税関係は生じない | 同左 |
| 合計税負担 | 0 | 0 |
4-4.全体比較
| 比較対象 | 配当なし | 配当あり | 有利・不利 |
|---|---|---|---|
| 被買収会社側 | 2,670 | 1,800 | 配当ありの方が有利 |
| 買収会社側 | 0 | 0 | 差は基本的にない |
| 合計 | 2,670 | 1,800 | 配当ありの方が有利 |
この比較から分かるとおり、売り手株主が内国法人であり、かつ受取配当等の益金不算入を前提にできるのであれば、株式譲渡前に配当を行うことにより、870百万円の税負担圧縮効果が見込まれます。
実務的にはこう整理できます。
単純な株式譲渡では、利益剰余金の蓄積分まで株式譲渡益として課税されます。これに対し、配当後株式譲渡方式では、その一部を受取配当等へ振り替えることで、株式譲渡益課税を抑えることができます。
5.配当後株式譲渡方式の留意点
もっとも、この手法は常にそのまま使えるわけではありません。制度改正や周辺コストの影響を踏まえて慎重に検討する必要があります。
5-1.令和2年度税制改正による簿価減額規制
令和2年度税制改正により、特定関係子法人から受ける配当等の額が、その株式等の帳簿価額の10%を超える場合には、一定の要件のもとで、益金不算入相当額について株式等の帳簿価額を減額する規制が導入されました。根拠としては、法人税法施行令119条の3第5項から第7項、同119条の4第1項が実務上の確認条文になります。
この規制が適用されると、配当時には益金不算入の恩恵を受けられても、その後の株式譲渡時に帳簿価額が引き下がるため、結果的に株式譲渡益が増え、節税効果が薄れることがあります。
5-2.実務上、規制の対象外となることも多い
もっとも、次のような場合には、この規制の対象外となることがあります。
| 対象外となり得る典型例 | 内容 |
|---|---|
| 設立以来の株主構成に一定の要件がある場合 | 設立の日から特定支配関係発生日までの期間を通じて、発行済株式総数の90%以上を内国普通法人・協同組合等・居住者が保有している場合など |
| 外国法人・非居住者・公益法人等が株主に含まれていない場合 | 規制の射程外となる場面がある |
| 特定支配関係発生日から10年を経過している場合 | 規制が適用されないことがある |
| 特定支配関係発生日以後の利益剰余金からの配当と認められる場合 | 規制対象外となる余地がある |
そのため、実務上は、この規制が直ちに問題にならない事案も少なくありません。ただし、事実関係によって結論が大きく変わるため、適用可否は必ず個別に確認する必要があります。
5-3.資本政策上の副作用にも注意する
配当によって被買収会社の純資産が減少すると、買収後に追加出資が必要になることがあります。その場合には、単純な税額比較だけでは見えないコストが発生し得ます。
| 想定される影響 | 内容 |
|---|---|
| 登録免許税 | 買収後に増資を行う場合、増加資本金に対する登録免許税が発生し得る |
| 住民税均等割 | 資本金等の額の増加に応じて負担が上がることがある |
| 事業税資本割 | 外形標準課税の対象法人では影響が出ることがある |
したがって、配当後株式譲渡方式は、870百万円の節税効果だけを見て判断するのではなく、増資の必要性や、増資に伴う周辺コストまで含めて総合判断する必要があります。
制度面の注意
この手法はシンプルに見えますが、配当規制、簿価減額規制、増資の要否、金融機関対応など、実際には複数の論点が重なります。節税額だけで即断せず、事後の資本政策まで見据えて検討することが重要です。
6.配当後株式譲渡方式と事業譲渡方式との比較
次に、配当後株式譲渡方式と、土地等の含み益を対象会社で顕在化させる事業譲渡方式とを比較します。
6-1.被買収会社側の税負担比較
| 項目 | 配当後株式譲渡方式 | 事業譲渡方式 |
|---|---|---|
| 被買収会社 | 株主が変わるだけであり、原則として課税関係は生じない | 土地等の含み益6,000に対し事業譲渡益が生じる |
| 被買収会社の株主 | 株式譲渡益6,000に対して課税されるが、配当2,900は受取配当等の益金不算入により課税されない前提 | 株主段階では直ちに株式譲渡益課税は生じない |
| 被買収会社側合計税負担 | 1,800 | 1,800 |
配当後株式譲渡方式の計算:
(9,000-2,900-100)×30%=1,800百万円
事業譲渡方式の計算:
6,000×30%=1,800百万円
このように、被買収会社側だけを比較すると、両者の税負担は同額になります。
6-2.買収会社側の税負担比較
| 項目 | 配当後株式譲渡方式 | 事業譲渡方式 |
|---|---|---|
| 買収会社 | 単なる株式取得であるため、取得時点で課税関係は生じない | 資産調整勘定6,000を認識し、将来の税務上のメリットが見込まれる |
| 将来の節税効果 | なし | 6,000×30%=△1,800 |
| 買収会社側合計 | 0 | △1,800 |
ここでいう資産調整勘定は、事業譲渡により受け入れた資産等の超過支払額に対応する実務上の論点であり、将来の税務メリットとして回収できる余地があります。時間的価値を無視して単純比較すれば、被買収会社側で発生した税負担を、買収会社側で取り戻し得る構造です。
6-3.全体比較
| 比較対象 | 配当後株式譲渡方式 | 事業譲渡方式 | 有利・不利 |
|---|---|---|---|
| 被買収会社側 | 1,800 | 1,800 | 差なし |
| 買収会社側 | 0 | △1,800 | 事業譲渡方式が有利 |
| 合計 | 1,800 | 0 | 事業譲渡方式が有利 |
7.なぜ被買収会社側の税負担は同じになるのか
この点は初心者の方がつまずきやすいところですが、考え方は比較的明快です。被買収会社に含み益があるということは、その会社の株式自体にも同様の価値増加が反映されていることを意味します。
そのため、事業譲渡方式を採れば、被買収会社で事業譲渡益として課税されます。他方、株式譲渡方式を採れば、売り手株主において株式譲渡益として課税されます。課税される主体や形式は異なっていても、我が国の法人課税の仕組みの下では、被買収会社側の税負担は最終的に同水準に収れんしやすいというのがこの比較の本質です。
論点整理
| 比較視点 | 配当後株式譲渡方式 | 事業譲渡方式 |
|---|---|---|
| どこで含み益が課税されるか | 売り手株主の株式譲渡益として顕在化 | 被買収会社の事業譲渡益として顕在化 |
| 被買収会社側全体の税負担 | 1,800 | 1,800 |
| 差が出る場所 | 買収会社側に税務メリットがない | 買収会社側で税務メリットを取り戻せる余地がある |
この比較の核心
被買収会社に含み益があれば、その価値は株式にも反映されます。したがって、被買収会社側だけを見ると、株式譲渡でも事業譲渡でも、結局はどこかで同じ価値増加に課税されることになります。
8.最終的にどの方式が有利か
時間的価値を無視して単純比較するならば、事業譲渡方式では、被買収会社側で6,000の含み益に課税されても、その分を買収会社側の税務メリットとして回収できるため、全体として中立化し得ます。他方、配当後株式譲渡方式では、売り手側の税負担を1,800まで圧縮できたとしても、買い手側に同様の税務メリットは生じません。
その結果、全体最適の観点からは、事業譲渡方式の方が有利という結論になります。
結論を数値でまとめる
| 方式 | 被買収会社側 | 買収会社側 | 合計 |
|---|---|---|---|
| 単純株式譲渡 | 2,670 | 0 | 2,670 |
| 配当後株式譲渡 | 1,800 | 0 | 1,800 |
| 事業譲渡 | 1,800 | △1,800 | 0 |
したがって、税務上の観点からは、事業譲渡方式を採用した場合に追加で発生する不動産取得税、登録免許税、住民税均等割、事業税資本割、契約移転コストその他の周辺コストを見積もり、その合計が1,800百万円を下回るのであれば、事業譲渡方式を採用する方が有利であるという考え方になります。
実務での最終判断
配当後株式譲渡方式は、単純株式譲渡よりはかなり有利です。しかし、買い手側で将来の税務メリットを確保できる事業譲渡方式と比較すると、なお劣後する可能性があります。したがって、最終判断では、周辺税コストや契約実務の負担を含めた総額比較が不可欠です。
9.本節のまとめ
- 売り手株主が内国法人である場合、株式譲渡前に配当を行うことで、株式譲渡益の一部を受取配当等へ振り替えられることがある。
- 本件では、配当を行わない株式譲渡の税負担は2,670百万円であるのに対し、配当後株式譲渡では1,800百万円となり、870百万円の圧縮効果がある。
- もっとも、令和2年度税制改正による簿価減額規制や、増資に伴う登録免許税・住民税均等割・事業税資本割などには注意が必要である。
- 配当後株式譲渡方式と事業譲渡方式を比較すると、被買収会社側の税負担は同額でも、買収会社側で将来の税務メリットを取り戻せる分、事業譲渡方式が有利になり得る。
- したがって、最終的には、事業譲渡に伴う周辺コストの総額が1,800百万円を下回るかどうかが重要な判断基準になる。