評価アプローチの選定にあたっての留意点とは
企業価値評価では、インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、ネットアセット・アプローチのいずれを採用するかによって、評価結果の意味合いが大きく変わります。そのため、評価アプローチの選定は、単に好みで決めるものではなく、評価の目的と評価対象企業を取り巻く実態に応じて慎重に行う必要があります。
結論からいえば、評価アプローチの選定にあたっては、企業価値等形成要因として整理される、一般的要因、業界要因、企業要因、株主要因、目的要因を総合的に考慮しなければなりません。
つまり、「いつもDCF法で評価すればよい」「非上場会社だから純資産法でよい」といった機械的な判断は適切ではなく、対象会社のライフステージ、継続可能性、無形資産の有無、比較対象の有無、評価目的などを踏まえて、最も適合するアプローチを選ぶことが重要です。
| 考慮すべき要因 | 主な内容 |
|---|---|
| 一般的要因 | 景気動向、金利水準、株式市場環境、マクロ経済情勢など |
| 業界要因 | 業界の成長性、競争環境、規制、業界特有のリスクなど |
| 企業要因 | 収益力、財務内容、事業計画、ライフステージ、知的財産の有無など |
| 株主要因 | 支配権の有無、少数株主持分かどうか、流動性の状況など |
| 目的要因 | M&A、組織再編、裁判、相続対策、内部管理など評価目的の違い |
初心者向けに一言でいうと: どの評価アプローチを使うかは、「会社の状況」と「何のために評価するか」で決まります。
評価アプローチ選定の基本的な考え方
評価アプローチの選定では、まず「どの方法が理論的に正しいか」を単独で考えるのではなく、その会社に合っているか、その評価目的に適しているかを検討することが重要です。
たとえば、将来の成長性が高い会社を純資産だけで評価すると過小評価になりやすく、反対に継続性に疑義がある会社を通常のDCF法で評価すると過大評価や不合理な評価につながることがあります。つまり、評価アプローチは、対象会社の実態から離れてはいけません。
日本公認会計士協会の経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」でも、評価の目的や評価対象企業を取り巻く経営環境に応じて、適切と思われるアプローチを選定すべきことが示されています。
選定にあたっての基本姿勢
| 視点 | 確認すべき内容 |
|---|---|
| 評価目的 | 何のために評価するのか。M&Aか、裁判か、社内検討か |
| 会社の実態 | 成長企業か、成熟企業か、衰退企業か |
| 継続可能性 | 継続企業の前提に疑義がないか |
| 価値の源泉 | 有形資産中心か、無形資産・知財中心か |
| 比較可能性 | 類似上場会社や類似取引事例が存在するか |
企業価値等形成要因を踏まえて選定する必要がある
評価アプローチの選定にあたっては、企業価値を形成するさまざまな要因を踏まえる必要があります。具体的には、一般的要因、業界要因、企業要因、株主要因、目的要因を総合的に検討します。
たとえば、同じ非上場会社であっても、成長著しいIT企業と、地域密着型の成熟製造業では、適した評価アプローチが異なります。また、同じ会社であっても、少数株式の評価なのか、支配権取得を伴うM&Aなのかによって、重視すべき視点が変わります。
形成要因ごとの見方
| 要因 | 選定への影響 |
|---|---|
| 一般的要因 | 市場環境が不安定な時期はマーケット指標の見方に注意が必要 |
| 業界要因 | 比較可能会社の有無や業界特有の収益構造が手法選定に影響する |
| 企業要因 | 成長段階、収益力、継続性、知財の有無などで適切な手法が変わる |
| 株主要因 | 支配権や流動性の有無が評価の前提に影響する |
| 目的要因 | M&Aか裁判か相続かで求められる客観性や重視点が異なる |
留意点1 評価対象企業のライフステージを見る
評価アプローチ選定でまず重要なのが、評価対象企業がどのライフステージにあるかです。成長基調にある企業なのか、安定した業況にある企業なのか、衰退基調にある企業なのかによって、適合するアプローチは異なります。
特に、成長企業と衰退企業では、同じ純資産ベースの見方をしても評価の意味がまったく異なります。
成長企業の場合の留意点
成長企業では、企業価値の源泉は現在の純資産よりも、今後の収益拡大可能性にあります。そのため、ネットアセット・アプローチで評価すると、将来の収益獲得能力を十分に反映できず、過小評価につながるおそれがあります。
このような場合には、将来の収益力や固有の成長可能性を反映しやすいインカム・アプローチを中心に考え、必要に応じてマーケット・アプローチで客観性を補完するのが一般的です。
| 成長企業での考え方 | 内容 |
|---|---|
| 向きやすいアプローチ | インカム・アプローチを主軸に、マーケット・アプローチで補完 |
| 避けたい考え方 | 純資産だけで価値を判断すること |
| 理由 | 将来の成長性や超過収益力を反映しにくいため |
実務上の感覚: 成長企業を純資産だけで評価すると、「まだ数字に出ていない将来価値」を取りこぼしやすくなります。
衰退基調にある企業の場合の留意点
一方で、衰退基調にある企業では逆の問題があります。収益性が低下し、超過収益力を失っている企業では、インカム・アプローチやマーケット・アプローチが適合しにくくなる場面があります。そのため、ネットアセット・アプローチが採用されることも少なくありません。
しかし、この場合も単純に純資産額をそのまま使えばよいわけではありません。たとえば、減損会計等が十分に反映されておらず、資産が実態より高く計上されている場合には、ネットアセット・アプローチによる評価額は過大になりやすいという問題があります。
| 衰退企業での留意点 | 内容 |
|---|---|
| 向きやすいアプローチ | ネットアセット・アプローチが候補になりやすい |
| 注意点 | 資産の減損や評価減が不十分だと過大評価になる |
| 背景 | 収益性に基づく評価が機能しにくい場合があるため |
留意点2 企業の継続性に疑義がある場合は慎重に考える
インカム・アプローチとマーケット・アプローチは、一般に継続企業を前提とした価値評価です。したがって、評価対象企業の継続性に重大な疑義がある場合には、これらのアプローチを機械的に適用することには慎重であるべきです。
たとえば、資金繰り悪化、債務超過、金融支援の不透明さ、主要取引先の喪失などにより、事業継続の前提自体が不安定になっている場合には、将来の収益予測を前提とする評価結果の信頼性が大きく低下します。
このようなケースでは、純資産法や清算価値の検討、あるいは複数アプローチの併用が必要になることがあります。
| 継続性に疑義がある場合の考え方 | 内容 |
|---|---|
| 慎重にすべきアプローチ | インカム・アプローチ、マーケット・アプローチ |
| 理由 | 将来の収益予測や継続前提に依存するため |
| 代替的に検討される方法 | ネットアセット・アプローチ、清算前提評価、併用法 |
ポイント: 会社が続くこと自体に不安があるのに、通常どおりのDCF法をそのまま当てはめると、数字だけ立派でも実態に合わない評価になることがあります。
留意点3 知的財産や無形資産が価値の源泉ならネットアセット・アプローチは不向き
企業の価値の源泉が、工場や不動産のような有形資産ではなく、知的財産、ブランド、技術、人材、ノウハウ、顧客基盤などの無形資産にある場合には、ネットアセット・アプローチは適合しにくくなります。
なぜなら、ネットアセット・アプローチは貸借対照表上の純資産を基礎に評価するため、貸借対照表に十分に表れていない知財や無形価値、超過収益力をうまく捉えられないからです。
このような会社では、超過収益力を評価に反映しやすいインカム・アプローチを中心に検討する必要があります。場合によっては、類似上場会社に十分な比較可能性があるならマーケット・アプローチも参考になりますが、純資産法だけでは本来の価値を見落としやすいといえます。
無形資産が重要な企業での考え方
| 状況 | 適した考え方 |
|---|---|
| 知的財産・ブランド・技術が価値の中心 | インカム・アプローチを優先的に検討する |
| 貸借対照表に無形価値が表れにくい | ネットアセット・アプローチ単独は不適切になりやすい |
| 超過収益力を持つ企業 | 収益力を反映できる手法を選ぶ必要がある |
留意点4 類似上場企業がない新規ビジネスではマーケット・アプローチに限界がある
新規性の高いビジネスや、従来にないビジネスモデルの会社では、類似上場会社や類似取引事例が見つからないことがあります。このような場合、マーケット・アプローチによる評価には限界があります。
たとえ商品やサービスが一見似ていたとしても、事業コンセプト、収益構造、成長戦略、リスクの性質が大きく違えば、既存企業の倍率を当てはめることによって誤った評価につながる可能性があります。
そのため、全くの新規事業や、比較可能会社が存在しない企業では、マーケット・アプローチを無理に使うのではなく、インカム・アプローチを中心に検討することになります。
| 新規ビジネスでの留意点 | 内容 |
|---|---|
| 問題点 | 類似上場会社や類似取引事例がない |
| マーケット・アプローチの限界 | 比較倍率が妥当か判断しにくい |
| 実務上の方向性 | インカム・アプローチを中心に検討する |
それでもインカム・アプローチを使うときの実務上の注意
もっとも、新規ビジネスでマーケット・アプローチが使いにくいからといって、インカム・アプローチが簡単に適用できるわけではありません。インカム・アプローチでも、割引率の算定にあたっては類似上場企業のデータに依拠する場面があるからです。
ここで重要なのは、マーケット・アプローチで要求される「類似性」と、インカム・アプローチで割引率算定のために必要となる「類似性」は、必ずしも同じ程度の厳密さを要求するものではないという点です。
たとえば、企業価値倍率や株価指標は、業界や規模、成長段階によって大きく異なることがありますが、β値や資本構成については、それほど極端な差が出ない場合もあります。そのため、マーケット・アプローチの観点では十分に類似していない会社しか見つからない場合でも、より広い意味での類似会社データを用いてインカム・アプローチを適用する余地は残ることがあります。
実務上のコツ: 「倍率比較には使えないが、割引率の参考にはなる」という会社が見つかることがあります。類似性は一つの基準だけで判断しないことが大切です。
アプローチ選定では「使えるか」だけでなく「どこまで信頼できるか」を考える
評価アプローチの選定では、「この方法が形式上使えるかどうか」だけでなく、その結果をどこまで信頼できるかを考えることが重要です。
たとえば、類似上場会社が一応存在していても、実際にはビジネスモデルが大きく異なるなら、マーケット・アプローチの信頼性は高くありません。また、事業計画があるからといって、その計画が極端に楽観的であれば、インカム・アプローチの説得力も下がります。
したがって、実務では、各アプローチの適用可能性だけでなく、前提条件の妥当性、資料の信頼性、比較可能性の程度、評価目的との整合性を総合的に見て判断する必要があります。
選定時に確認したいポイント
| 確認項目 | 見るべき内容 |
|---|---|
| ライフステージ | 成長企業か、成熟企業か、衰退企業か |
| 継続可能性 | 継続企業の前提に疑義がないか |
| 価値の源泉 | 有形資産か、無形資産・超過収益力か |
| 比較対象の有無 | 類似上場会社や類似取引事例が十分にあるか |
| 事業計画の信頼性 | 将来予測に合理性があるか |
| 評価目的 | 客観性重視か、固有性重視か、清算前提か |
初心者向けに整理すると
- 評価アプローチは会社ごとに自動的に決まるものではありません。
- 成長企業なら将来の収益力を重視する方法が向きやすいです。
- 衰退企業や継続が難しい会社では、純資産や清算価値の視点が重要になることがあります。
- 知的財産やブランドが価値の中心なら、純資産法だけでは足りません。
- 類似会社がない新規事業では、マーケット・アプローチは使いにくくなります。
- 何のための評価かによって、重視すべき客観性や固有性も変わります。
まとめ
評価アプローチの選定にあたっては、一般的要因、業界要因、企業要因、株主要因、目的要因を総合的に考慮し、評価目的と評価対象企業を取り巻く経営環境に応じて、適切と思われるアプローチを選定しなければなりません。
特に実務上は、評価対象企業のライフステージ、継続企業の前提の有無、知的財産や無形資産による超過収益力の有無、類似上場企業や類似取引事例の有無といった点が重要な判断材料になります。
成長企業ではインカム・アプローチを中心にマーケット・アプローチで補完する考え方が有力であり、継続性に疑義がある企業ではネットアセット・アプローチや清算前提の評価を慎重に検討する必要があります。また、知的財産等が価値の源泉となる企業ではネットアセット・アプローチは適合しにくく、新規ビジネスで類似企業が存在しない場合にはマーケット・アプローチに限界があります。
したがって、評価アプローチの選定は、単に「どの手法が使えるか」を考える作業ではなく、どの手法がその会社の価値を最も適切に表し得るかを見極める作業であるといえます。
参考資料
・日本公認会計士協会 経営研究調査会研究報告第32号「企業価値評価ガイドライン」(平成19年5月16日公表、平成25年7月3日改正)
・同ガイドラインでは、評価アプローチの選定にあたり、一般的要因、業界要因、企業要因、株主要因、目的要因を考慮すべきこと、およびライフステージ、継続性、無形資産、類似企業の有無などに応じた留意点が示されています。