継続価値の算定に用いられる倍率法とは何か?DCF実務における意義・留意点・永久成長率法との関係を解説
DCF法において継続価値を算定する方法としては、永久成長率法が広く知られていますが、実務ではこれに加えて倍率法が用いられることも少なくありません。倍率法とは、類似会社の事業価値に関する倍率を用いて、予測期間終了後の価値を見積もる方法です。
もっとも、倍率法は実質的に継続価値部分をマーケット・アプローチで評価することを意味するため、機械的に適用すると、インカム・アプローチとマーケット・アプローチが混在し、不合理な結果を招くおそれがあります。それにもかかわらず、実務で一定数用いられているのは、永久成長率法が持つ限界を補う役割があるからです。
本稿では、継続価値算定における倍率法の意味、代表的な使い方、適用上の留意点、永久成長率法との違い、さらに検証手段としての限界について整理します。
1.倍率法とは何か
倍率法とは、類似会社の市場評価に基づく倍率を用いて、評価対象会社の予測期間終了時点の事業価値を算定し、それを継続価値とする方法です。
たとえば、代表的な指標としてEV/EBITDA倍率を用いる場合、継続価値は概ね次のように算定されます。
継続価値 = 予測期間終了時点の標準化EBITDA × 類似会社のEV/EBITDA倍率
ここでいうEVは事業価値(Enterprise Value)を意味します。したがって、倍率法による継続価値は、実質的には類似企業比較法を、予測期間終了後の価値の推定に応用したものと理解できます。
2.倍率法の意義
倍率法の最大の特徴は、将来の事業環境や業界の評価水準を、類似会社の市場倍率を通じて間接的に反映できる点にあります。
永久成長率法では、予測期間終了後の価値を「安定的に一定率で成長するフリー・キャッシュ・フロー」として捉えます。しかし、現実の企業を取り巻く環境は、必ずしもそのように安定しているとは限りません。
- 業界が成熟化している
- 成長が鈍化している
- 逆に衰退局面に入る可能性がある
- 市場全体の評価倍率が将来低下する可能性がある
このような状況では、永久成長率法だけでは十分に表現しにくい要素があります。倍率法は、そうした業界全体の構造変化や市場評価の変化を、類似企業の倍率を通じて継続価値に取り込むことができる点に意義があります。
3.倍率法は実質的にマーケット・アプローチである
倍率法を継続価値算定に用いるということは、DCF法全体のうち、予測期間中はインカム・アプローチで評価し、予測期間終了後はマーケット・アプローチで評価することを意味します。
| 期間 | 主な評価方法 | 特徴 |
|---|---|---|
| 予測期間 | DCF(インカム・アプローチ) | 会社固有の事業計画を反映 |
| 予測期間終了後 | 倍率法(実質的にマーケット・アプローチ) | 類似会社の市場評価を反映 |
このため、倍率法は便利である一方、会社固有の価値を評価するDCFの思想と、市場相場に基づく比較評価を部分的に混在させるという性格を持ちます。したがって、単純に「最後だけ倍率を掛ければよい」と考えるのは危険です。
4.倍率法の代表例
継続価値算定で用いられる倍率としては、次のようなものが考えられます。
| 倍率 | 内容 | 実務上の特徴 |
|---|---|---|
| EV/EBITDA | 事業価値 ÷ EBITDA | 最も広く用いられる代表例 |
| EV/EBIT | 事業価値 ÷ EBIT | 減価償却負担を反映しやすい |
| EV/Sales | 事業価値 ÷ 売上高 | 赤字企業や利益変動が大きい企業で補助的に利用 |
もっとも、継続価値算定では、短期的な利益変動の影響を受けにくいという理由から、EV/EBITDA倍率が比較的用いやすいとされることが多いです。
5.倍率法を用いる際の留意点
倍率法を継続価値算定に用いる場合には、少なくとも次の2点に注意が必要です。
(1)対象会社の業績は「最終年度そのまま」ではなく標準化が必要
予測期間最終年度のEBITDAやEBITをそのまま倍率に掛けるのではなく、短期的変動要因を除外した、長期的に持続可能な水準に標準化する必要があります。
たとえば、最終年度に一時的な増益・減益要因がある場合、そのまま使うと継続価値が過大または過小になるおそれがあります。
(2)業績水準と倍率の時点整合性が必要
評価対象会社の業績水準と、類似会社倍率の算出時点を整合させる必要があります。なぜなら、高成長業界では、評価時点の倍率と予測期間終了時点の倍率が大きく異なる可能性があるからです。
たとえば、現時点で高成長期待が織り込まれて高いEV/EBITDA倍率がついている業界であっても、5年後、7年後には成長鈍化により倍率が低下している可能性があります。この場合、現在の市場倍率をそのまま予測期間終了時点に適用すると、継続価値を過大評価する危険があります。
6.倍率法が適している場面
倍率法は万能ではありませんが、一定の場面では有効です。特に適合しやすいのは、成熟化した業界です。
成熟業界に適する理由
- 類似会社の倍率が比較的安定している
- 将来の倍率低下・上昇を大きく織り込む必要が少ない
- 予測期間終了後の環境が現在と大きく変わらないと見込みやすい
逆に、急成長業界や構造転換の激しい業界では、将来の倍率を合理的に見積もることが難しいため、倍率法は適合しにくくなります。
倍率法が不向きなケース
| ケース | 理由 |
|---|---|
| 急成長業界 | 現在の高倍率が将来も続くとは限らない |
| 急速な衰退が見込まれる業界 | 倍率の将来低下を合理的に予測しづらい |
| 類似会社が乏しい業種 | 信頼できる市場倍率を取得しにくい |
| 対象会社固有性が極めて強い場合 | 類似会社倍率が実態を反映しにくい |
7.なぜ実務では倍率法が一定数用いられるのか
倍率法は、インカム・アプローチとマーケット・アプローチが混在するという理論上の問題を抱えています。それでも実務で用いられるのは、永久成長率法の限界を補う機能があるからです。
永久成長率法は、企業が安定した環境のもとで、一定の再投資と一定の収益率を維持しながら成長するという、いわば内生的かつ安定的な成長を前提としています。しかし、実際には、業界の成熟化、競争激化、規制変更、技術革新などにより、将来の収益性や成長性は大きく変わり得ます。
倍率法は、こうした将来の市場評価の変化を、類似会社の倍率を通じて間接的に反映しやすい点で、永久成長率法の弱点を補完します。
8.実務での採用状況
公開買付けの開示事例をみると、継続価値の算定方法として、永久成長率法のみならず、倍率法を採用または併用している事例が一定数存在します。
| 年 | 全体件数 | 永久成長率法のみ | 倍率法のみ | 両者併用 |
|---|---|---|---|---|
| 2014年 | 9 | 1 | 2 | 2 |
| 2015年 | 10 | 1 | 1 | 2 |
| 2016年 | 12 | 5 | 1 | 3 |
このように、少なくとも公表事例ベースでは、倍率法は例外的手法というより、永久成長率法と並ぶ補完的手法として位置付けられているといえます。
9.倍率法は永久成長率法の検証手段になるのか
実務では、倍率法を用いて算定した継続価値を、永久成長率法の妥当性確認に使うという説明がなされることがあります。たしかに、異なる手法による評価結果を比較することで、前提条件の偏りを点検するという考え方自体には意味があります。
しかし、この「検証」は万能ではありません。
(1)永久成長率法自体に適用限界がある
業界が成熟化から衰退に向かう局面では、永久成長率法による継続価値は相対的に高く出やすく、倍率法による継続価値は相対的に低く出やすい傾向があります。この場合、両者の乖離は、単なる前提差ではなく、そもそも永久成長率法が実態に適合していない可能性を示していることがあります。
(2)永久成長率そのものを比較しても意味が薄い
倍率法の結果から逆算して「何%の永久成長率に相当するか」を求めたとしても、その数値自体の比較には限界があります。なぜなら、継続価値は永久成長率だけで決まるのではなく、投下資本利益率(ROIC)や再投資割合との組合せによって決まるからです。
したがって、倍率法と永久成長率法の結果を比較する場合、単に成長率を比較するのではなく、永久成長率法で算定した継続価値がEBITDA何倍に相当するかといった形で、倍率水準に引き直して比較する方が実務的です。
10.実務上の整理
倍率法を継続価値算定に用いる場合の実務上の考え方は、次のように整理できます。
| 論点 | 実務上の整理 |
|---|---|
| 方法の本質 | 継続価値部分を実質的にマーケット・アプローチで評価する方法 |
| 主な利点 | 永久成長率法では捉えにくい業界構造の変化を反映しやすい |
| 主なリスク | 機械的適用により、時点不整合や過大評価・過小評価を招きやすい |
| 適した業界 | 成熟業界、倍率が比較的安定している業界 |
| 不向きな業界 | 高成長業界、急速な衰退業界、類似会社が乏しい業界 |
| 検証への使い方 | 成長率比較よりも、EBITDA倍率などへの引き直し比較が有効 |
11.まとめ
倍率法とは、類似会社の事業価値に関する倍率を用いて、予測期間終了後の価値、すなわち継続価値を算定する方法です。実質的には、継続価値部分をマーケット・アプローチで評価することを意味します。
そのため、DCF法の一部に市場アプローチを持ち込むという理論上の混在を伴いますが、永久成長率法が安定環境を前提とすることによる限界を補うという重要な役割があります。特に、評価対象企業の属する業界が成熟化しており、類似会社の倍率が比較的安定している場合には、有効な手法となり得ます。
一方で、急成長業界や構造変化の大きい業界では、評価時点の倍率を予測期間終了後にそのまま適用することは危険です。そのため、倍率法は機械的に使うのではなく、対象会社の標準化業績、倍率の時点整合性、業界の成熟度を慎重に見極めたうえで採用すべきです。
また、永久成長率法との比較を通じた検証は一定の意味を持ちますが、単に永久成長率を比較するのではなく、継続価値をEBITDA倍率等に引き直して比較することが、より実務的で有効な方法といえます。