株式移転後のM&A──平成29年度税制改正後に何が変わったのか
株式譲渡によるM&Aを検討する際、通常は対象会社の株式をそのまま売却することを考えます。もっとも、実務では、いったん株式移転を行って持株会社を設立し、その後に子会社株式を譲渡するという流れが検討されることがあります。
この方法は一見遠回りに見えますが、税務上の取扱い、とりわけ非適格株式移転に伴う時価評価課税や株式の受入価額との関係で、一定の意味を持つことがあります。
特に平成29年度税制改正以後は、非適格株式移転に伴う時価評価課税の対象から帳簿価額10百万円未満の資産が除外されたことで、従来とは異なる実務上の論点が生まれました。営業権(のれん)の含み益が大きい会社では、この改正の影響が非常に大きくなります。
この章のポイント
株式移転そのものは中立的に見えても、その後に子会社株式を売ることが見込まれているかどうかで、適格・非適格の判定も、時価評価課税も、実務上のリスクも大きく変わります。
平成29年度税制改正で営業権の扱いが実務上大きく変わった
平成29年度税制改正前は、非適格株式交換又は非適格株式移転を行った場合、株式交換完全子法人又は株式移転完全子法人が保有する資産のうち、時価評価課税の対象に営業権(のれん)も含まれると解されていました。
そのため、対象会社に大きな営業権の含み益がある場合には、株式交換や株式移転を使うこと自体が税務上の大きなハードルになっていました。
これに対し、平成29年度税制改正では、時価評価課税の対象資産から帳簿価額が10百万円未満の資産が除外されました。法人税法施行令123条の11第1項第4号関係の改正により、結果として、帳簿価額がゼロ又はごく少額であることが多い営業権については、実質的に時価評価課税がかからない場面が増えたことになります。
つまり、改正前は「のれんがあるから株式移転は重い」と考えられていたのに対し、改正後は「のれん由来の含み益なら、時価評価課税が表に出にくい」という構造に変わったわけです。
実務コメント
この改正により、土地などの大型資産に含み益がある会社と、営業権に含み益がある会社とで、非適格株式移転の税務インパクトが大きく分かれるようになりました。
単独株式移転の後に株式譲渡が見込まれていると、なぜ非適格になりやすいのか
株式移転が税制適格となるためには、基本的に次のいずれかに該当する必要があります。
- グループ内の適格株式移転
- 共同事業を行うための適格株式移転
ところが、単独株式移転の場合には、共同事業要件を判定する相手方がいません。そのため、実務上はグループ内の適格株式移転に該当するかどうかが重要になります。
そして、単独株式移転後に、株式移転完全親法人と株式移転完全子法人との間で、株式移転完全親法人による完全支配関係が継続することが見込まれていなければ、適格とはなりません。法人税法施行令第4条の3の判定関係からも、株式移転後すぐに完全子法人株式を第三者へ譲渡することが予定されている場合には、この継続要件を満たさず、非適格株式移転として扱われることになります。
要するに、
- 株式移転をして
- 持株会社を作り
- その後すぐに子会社株式を売る
という流れは、税務上は「グループ内再編」ではなく、最初から売却に向けた前処理と見られやすいのです。
単独株式移転では、時価評価課税の除外も使いにくい
さらに、非適格株式交換又は非適格株式移転であっても、一定のグループ内関係にある場合には、法人税法62条の9第1項により、時価評価課税の対象から除外される場面があります。
しかし、単独株式移転では「他の株式移転完全子法人」が存在しないため、この除外規定を使いにくく、結果として、株式移転完全子法人が保有する資産に対する時価評価課税が正面から問題になることになります。
つまり、単純な株式譲渡であれば株主側の譲渡課税が中心ですが、株式移転後に子会社株式を譲渡する場合には、子会社側資産の時価評価課税まで絡んでくるため、論点が一段複雑になります。
非適格株式移転の税務処理をざっくり理解する
株式移転後に株式移転完全親法人が株式移転完全子法人株式を譲渡する場合、上記のとおり、非適格株式移転として扱われるのが基本です。
この場合、株式移転完全子法人の旧株主側では、株式移転完全親法人株式以外の資産が交付されない限り、株式譲渡損益の認識が直ちに生じない構造になっています。一方、株式移転完全親法人では、取得した完全子法人株式を「その取得の時におけるその有価証券の取得のために通常要する価額」で受け入れることになります(法人税法施行令119条1項27号関係)。
そのため、株式移転後すぐに完全子法人株式を譲渡し、その間に時価変動がないとすれば、通常、譲渡価額と帳簿価額が一致しやすく、株式移転完全親法人で大きな株式譲渡損益は出にくいことになります。
改正前は、これと引き換えに、完全子法人側で資産の時価評価課税が重く出ることで、制度全体として一応のバランスが取れていました。
平成29年度改正後、なぜ非適格株式移転を使うスキームが検討されるのか
ところが、平成29年度税制改正により、帳簿価額10百万円未満の資産が時価評価課税の対象から外れたことで、このバランスが崩れました。
たとえば、次のようなケースを考えます。
- 被買収会社A社の株主はX氏のみ
- X氏のA社株式の帳簿価額は10百万円
- A社の簿価純資産価額は1,000百万円
- A社株式の譲渡価額は3,000百万円を予定
このとき、含み益2,000百万円の原因が土地であれば、その土地が時価評価課税の対象になり得るため、非適格株式移転をしても、A社側で評価益課税が表面化しやすくなります。
しかし、同じ2,000百万円の含み益の原因が営業権であり、その帳簿価額が10百万円未満であれば、非適格株式移転であっても、結果として時価評価の対象となる資産が存在しないことになります。
そのうえで、株式移転完全親法人における完全子法人株式の受入価額は通常要する価額、すなわち実質的に時価ベースになるため、
- 旧株主側で直ちに株式譲渡益が出ず
- 親法人側でも譲渡損益が出にくく
- 子法人側でも営業権が時価評価課税の対象外になりやすい
という構造が生まれます。
このため、含み益の中心が営業権である場合には、現行法上、単純な株式譲渡とは異なる税務結果を狙ったスキームが理論上組み立てられ得ることになります。
重要
この章の論点は、「使える節税策の紹介」というより、制度の隙間に見える部分が実務でどう問題になるかを理解するためのものです。実行可否は、包括否認リスクを含めて慎重に判断すべきです。
包括的租税回避防止規定の検討は避けて通れない
このようなスキームについては、当然ながら、包括的租税回避防止規定の適用が問題になります。
- 法人税法132条の2
- 所得税法157条4項
単純に株式を譲渡すれば課税されるところを、あえて株式移転をはさみ、その後に完全子法人株式を譲渡することで税負担を軽くしようとする場合、税務当局からは、組織再編税制の趣旨・目的から逸脱した利用と見られるおそれがあります。
もっとも、常に否認されるわけではありません。判例・実務上も、行為や計算に不自然性がなく、かつ事業目的や経済合理性が十分に説明できる場合には、不当性要件の認定は容易ではないと考えられています。
したがって、株式移転後に株式移転完全親法人が株式移転完全子法人株式を譲渡するスキームを検討する場合には、なぜ株式移転を先に行う必要があったのか、事業上どのような合理性があるのかを、文書レベルで説明できるようにしておくことが極めて重要です。
無対価分割後に分割法人株式を譲渡する方法
実務では、非適格株式移転の後に、さらに再編を重ねる方法も議論されます。その一つが、無対価分割後に分割法人株式を譲渡する手法です。
一般に、分割承継法人が分割法人の発行済株式の全部を保有している場合、分割前後で資本関係は変わらないため、対価を交付しない無対価分割が選ばれることがあります。法人税法上、このような無対価分割は、分割型分割として整理されることがあります。
さらに、平成29年度税制改正により、分割前に分割承継法人が分割法人の発行済株式の全部を保有している場合には、支配関係継続要件が要求されない場面が整理されたため、無対価分割が適格分割型分割として処理されやすくなった点も実務上重要です。
この方法では、株式の帳簿価額が調整される
無対価分割を行った場合、現物分配や金銭配当と異なり、分割承継法人が保有する分割法人株式の帳簿価額が一定の計算式により減少します。実務では、概ね次のイメージで理解すると分かりやすいです。
分割法人株式から控除すべき金額 = A × B / C
- A:分割型分割直前の分割法人株式の帳簿価額
- B:分割型分割直前の分割事業の簿価純資産価額
- C:前事業年度終了時の分割法人の簿価純資産価額
ここで重要なのは、分割移転割合が時価総額ではなく、簿価純資産価額ベースで計算される点です。そのため、分割後に株式譲渡を行うと、譲渡益が出る場合もあれば、譲渡損が出る場合もあります。
すなわち、再編の入れ方次第で、親法人側の株式譲渡損益の出方がかなり変わり得るということです。
現物分配や金銭配当を組み合わせる方法も論点になる
ご提示本文では、非適格株式移転後に、
- 適格現物分配を行う方法
- 金銭配当を行う方法
も検討対象として示されています。
これらの方法では、配当益金不算入や現物分配時の受取配当金処理を使いつつ、その後の株式譲渡損益との組み合わせにより、親法人側で損益を調整できる余地が問題になります。
ただし、ここでは令和2年度税制改正で導入された特定関係子法人からの配当等に係る株式簿価減額ルールにも注意が必要です。一定額を超える配当等については、益金不算入が認められても、株式簿価が引き下げられるため、最終的な株式譲渡益が増えることがあります。
そのため、現物分配や金銭配当を行う前提のスキームでは、
- 配当時の益金不算入の有無
- 源泉所得税の所得税額控除の可否
- 特定関係子法人規制による簿価引下げ
を必ずセットで確認する必要があります。
実務上の注意
「配当は益金不算入だから有利」と短絡的に判断すると危険です。後で株式簿価が下がり、出口で譲渡益が膨らむことがあるため、入口と出口を通算して見なければなりません。
欠損等法人の規制も一応確認が必要
株式移転完全親法人が新設法人である場合、通常は設立前の繰越欠損金を持たないため、欠損等法人の規制(法人税法57条の2、60条の3)が直ちに問題になるケースは多くありません。
もっとも、旧株主が新設親法人の支配権を握る構造や、その後の資産移転・評価損資産の有無によっては、規制の確認が必要になる場合があります。本文どおり、一般には適用事例は多くないと考えられますが、大きな含み損資産や欠損金が絡む場合には必ずチェックすべき論点です。
まとめ
平成29年度税制改正後は、非適格株式移転に伴う時価評価課税の対象から帳簿価額10百万円未満の資産が除外されたことで、特に含み益の主因が営業権である会社について、従来とは異なるM&Aスキームの検討余地が生まれました。
もっとも、理論上スキームが組めることと、実務上安全に使えることは別問題です。株式移転後の株式譲渡、現物分配、金銭配当、無対価分割などを組み合わせる方法は、いずれも包括的租税回避防止規定の適用可能性を伴います。
そのため、実務では次の順番で考えることが大切です。
- まず、この再編を行う事業目的・経済合理性が本当にあるか
- 次に、適格・非適格の判定と時価評価課税の有無を確認する
- さらに、株式受入価額、配当益金不算入、簿価減額、株式譲渡損益まで通算で見る
- 最後に、132条の2等による否認リスクまで含めて判断する
特に、単独株式移転はグループ法人税制との接続が不十分なため、制度上の歪みが生じやすい分野です。したがって、この章で扱ったようなスキームは、一般的なM&A案件として軽く扱うべきではなく、組織再編税制に精通した税理士・会計士・弁護士が連携して検討すべき高度論点といえます。
参考法令・関連条文
- 法人税法第61条の2
- 法人税法第62条の5
- 法人税法第62条の9
- 法人税法第132条の2
- 法人税法施行令第4条の3
- 法人税法施行令第22条の2
- 法人税法施行令第119条、第119条の3、第119条の4
- 法人税法施行令第123条の11
- 法人税法第23条
- 所得税法第157条第4項