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事業承継税制を使った後にM&Aはできるのか

事業承継税制を使って自社株の贈与税・相続税の納税猶予を受けた後でも、将来にわたって必ず会社を持ち続けなければならないわけではありません。実務では、承継後に業績が悪化したり、経営環境が大きく変わったりして、最終的にM&Aによる売却を選択せざるを得ない場面もあります。

ただし、ここで注意しなければならないのは、事業承継税制の適用を受けた株式を譲渡すると、原則として納税猶予の期限が確定するという点です。つまり、猶予されていた贈与税又は相続税に加え、利子税の納付が必要になるのが基本です。

もっとも、特例事業承継税制では、一定の場合に、売却時の株価や譲渡対価を基に税額を再計算し、当初の猶予税額との差額の免除を受けられる制度が設けられています。ここが、一般措置との大きな違いです。

まず結論
事業承継税制を使った後にM&Aを行うことは可能ですが、何もしなくても税負担が軽くなるわけではありません。 原則は猶予終了、例外的に再計算・差額免除がある、という順番で理解するのが大切です。

事業承継税制適用後にM&Aを行う場面

事業承継税制の適用を受けた法人がM&Aの対象になる場合

第3章で触れたとおり、納税猶予を受けた後継者が、相続又は贈与により取得した非上場株式等を譲渡した場合には、原則として、猶予されていた贈与税又は相続税と利子税を納める必要があります。

もっとも、実務では、株式を売却すれば十分な譲渡代金が入るとは限りません。承継時点では高い株価であっても、その後の業績悪化や市場環境の変化により、売却時には株価が大きく下落していることがあります。

このようなケースに対応するため、特例事業承継税制では、一定の「経営環境の変化」を満たす場合に限り、譲渡やM&Aの時点の価額を基に猶予税額を再計算し、従前の猶予税額との差額を減免する仕組みが設けられています。国税庁タックスアンサーNo.4148およびNo.4439でも、「事業の継続が困難な事由が生じた場合の免除」として、譲渡対価の額等に基づき再計算した猶予税額を納付し、差額を免除する旨が案内されています。

再計算が認められるのは「経営環境の変化」がある場合だけ

ここで重要なのは、株式を売ったらいつでも再計算できるわけではないという点です。

特例制度で再計算が認められるのは、経営環境の変化を示す一定の要件を満たす場合に限られます。中小企業庁の法人版事業承継税制の案内でも、将来、事業を売却・廃業する際に株価が下落していた場合に、その株価を基に納税額を再計算し、差額を減免する制度があることが示されていますが、これは無条件の救済ではありません。

ご提示いただいた本文に沿って整理すると、主な要件は次のようなものです。

  • 直前事業年度およびその直前3事業年度のうち、2以上の事業年度で経常損益金額がマイナスであること
  • 直前事業年度およびその直前3事業年度のうち、2以上の事業年度で平均総収入金額が前事業年度を下回ること
  • 有利子負債が平均総収入金額の一定倍率以上となっていること
  • 業種平均株価が継続的に下落していること
  • 後継者が心身の故障その他の事由により業務に従事できなくなったこと

これらの要件は、租税特別措置法施行令第40条の8の5、第40条の8の6、および施行規則の関係規定で細かく定められています。

実務上の注意
「売却したら株価が下がっていたので税額も下げてもらえるはず」と考えるのは危険です。再計算はあくまで特例であり、要件を満たすことの立証が必要です。

譲渡対価には下限の考え方がある

再計算に当たっては、譲渡対価の額そのものがそのまま使われるわけではなく、一定の下限ルールがあります。ご提示本文のとおり、原則として、譲渡対価の額と、譲渡時の相続税評価額の50%相当額との比較が問題になります。

ただし、一定の従業員継続要件を満たす場合には、譲渡対価の額が相続税評価額の50%相当額を下回っていても、その実際の譲渡対価を基に再計算できる場面があります。ここは制度の細部に属するため、売却案件ごとに必ず個別確認が必要です。

特例制度では「一部免除」の検討も必要になる

さらに、経営承継期間経過後に同族関係者以外の者へ非上場株式等を譲渡する場合には、単なる再計算だけでなく、猶予税額のうち一定部分が免除される規定もあります。

ご提示本文では、猶予税額のうち「譲渡対価の額又は相続税評価額のいずれか高い金額 + 過去5年間の剰余金の配当及び過大役員給与」を超える部分が免除されるという論点に触れています。実務上も、単純に「全部払う」「全部免除される」という二択ではなく、どこまでが納付対象で、どこからが免除対象かを丁寧に分解して確認する必要があります。

「心身の故障その他の事由」はかなり限定的

経営環境変化要件の一つとして、後継者が心身の故障その他の事由により会社業務に従事できなくなった場合が挙げられています。

ただし、この「その他の事由」は広く解釈できるものではありません。ご提示本文にもあるとおり、代表権喪失について猶予期限が確定しないやむを得ない事由として例示されるものには、精神障害者保健福祉手帳1級、身体障害者手帳1級または2級、要介護認定の重度区分などが含まれており、年齢による自然な衰えが当然に含まれるわけではありません。

したがって、この要件に該当するケースは、実務上それほど多くはないと考えられます。

事業承継税制の適用を受けた法人が不動産M&Aの対象になる場合

次に、不動産M&Aのような場面で、事業承継税制の適用を受けている法人をどう扱うかを見ていきます。

不動産を譲渡したからといって、直ちに事業承継税制が使えなくなるとは限りません。たとえば、事業承継税制の適用を受けている法人が不動産を譲渡しても、それだけで直ちに解散するわけではなく、総収入金額がゼロになるわけでもなく、直ちに資産保有型会社・資産運用型会社に該当するとは限らないため、猶予期限の確定事由に直結しないケースも多いのが実務感覚です。

一時的に資産運用型会社になっても、平成31年度改正の救済がある

もっとも、不動産譲渡では、特定資産を譲渡した対価が一時的に会社に入るため、形式的には資産運用型会社に近い状態になることがあります。

この点については、平成31年度税制改正により、事業活動のために必要な資金を調達するために特定資産を譲渡したことにより、一時的に一定割合以上となった場合でも、直ちに猶予期限確定事由にしないという見直しが行われています。したがって、この救済の適用が受けられるなら、不動産を売却しても事業承継税制を継続できるケースは少なくありません。

不動産M&Aの実務感覚
不動産を売っただけで直ちにアウト、というほど単純ではありません。むしろ大切なのは、売却後の会社が「事業会社」として残るのか、「資産管理会社」に見えるのかを確認することです。

ただし、「本業を切り離して株式譲渡する」不動産M&Aは話が別

これに対し、不動産M&Aの手法として、M&A対象外の事業を切り離してから被買収会社株式を譲渡する方法を採用した場合には、株式譲渡そのものにより猶予期限が確定することになります。

この場合は、不動産譲渡の手段として、本業を切り離した結果、被買収会社には不動産だけが残り、その株式を第三者へ譲渡する構造になります。形式的にはM&Aであっても、事業承継税制の観点からは、猶予対象株式そのものを処分したことになるため、原則どおり猶予終了です。

しかも、このようなケースでは、業績悪化や外部環境悪化によりやむを得ず売却したというより、不動産の移転スキームとして意図的に株式譲渡を用いていることが多いため、「経営環境の変化を示す一定の要件」に当たるケースは一般に多くありません。

そのため、多くの事案では、譲渡対価を基にした再計算の適用を受けられない可能性が高いと考えられます。

実務上の整理:M&A後の税負担をどう考えるか

事業承継税制適用後のM&Aでは、次のように整理すると分かりやすいです。

ケース基本的な扱い実務上のポイント
事業承継税制適用後に株式を第三者へ売却原則として猶予期限確定猶予税額と利子税の納付が基本
経営環境悪化によりやむなくM&A特例なら再計算・差額免除の可能性経営環境変化要件の充足が必要
不動産譲渡により一時的に資産運用型会社に見える場合直ちに猶予期限確定とは限らない平成31年度改正の救済の確認が必要
本業を切り離して不動産保有会社の株式を売る場合猶予期限確定の可能性が高い再計算が使えないケースが多い

初心者が誤解しやすいポイント

「事業承継税制を使ったら売却は一切できない」わけではない

売却自体は可能です。ただし、原則として納税猶予が終わり、猶予税額等の納付が必要になります。売却できることと、税負担が軽いことは別問題です。

「株価が下がっていれば自動的に再計算される」わけではない

再計算は特例であり、経営環境の変化を示す一定要件を満たす必要があります。売却価格が低いという事実だけでは足りません。

「不動産を売ると即アウト」でもない

不動産譲渡そのものより、譲渡後の会社の状態や、株式自体を売っているかどうかが重要です。会社が事業会社として継続しているなら、直ちに問題にならないケースもあります。

まとめ

事業承継税制適用後のM&Aでは、まず株式譲渡により原則として猶予期限が確定することを前提に考える必要があります。そのうえで、特例事業承継税制において、経営環境悪化など一定要件を満たす場合には、譲渡対価や売却時株価を基に税額を再計算し、差額の減免を受けられる余地がある、という順番で理解するのが実務的です。

また、不動産M&Aでは、単に不動産を譲渡するだけなのか、それとも本業を切り離した後に株式譲渡で出口を取るのかによって、事業承継税制への影響が大きく変わります。

したがって、事業承継税制を適用した会社でM&Aを検討する場合には、法人税・所得税・相続税だけでなく、猶予期限確定、再計算、差額免除、資産管理会社該当性まで含めて、事前に総合判断することが不可欠です。

参考法令・公表資料

  • 国税庁 タックスアンサー No.4148「非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)」
  • 国税庁 タックスアンサー No.4439「非上場株式等についての贈与税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)」
  • 中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」
  • 租税特別措置法第70条の7の5、第70条の7の6 ほか
  • 租税特別措置法施行令第40条の8の5、第40条の8の6 ほか

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