一部事業譲渡とは?M&Aでよく使われる考え方を初心者向けに整理
M&Aというと「会社そのものを売る」というイメージを持たれがちですが、実務では会社の全部ではなく、特定の事業だけを切り出して譲渡するケースが少なくありません。これが、いわゆる「一部事業譲渡」です。
もっとも、実際の進め方は一つではありません。対象事業だけを外に出してから株式を譲渡する方法もあれば、対象事業そのものを直接譲渡する方法もあります。さらに、その前段階として会社分割を使う場合には、簿価で引き継げる適格組織再編成なのか、時価課税される非適格組織再編成なのかで、税務上の結論が大きく変わります。
特に平成29年度税制改正以後は、事業分離に関するスキーム選択の幅が広がり、従来よりも柔軟な設計ができるようになりました。その一方で、税負担の差、株主課税、繰越欠損金の扱い、役員退職金、事業承継税制への影響など、検討すべき論点はむしろ増えています。
この記事では、一部事業譲渡を検討しているオーナー経営者・後継者・実務担当者の方向けに、株式譲渡方式と事業譲渡方式の違い、適格・非適格組織再編の基本、税務上どこで差が出るのかを、できるだけ平易に整理していきます。
ポイント
「何を売るか」だけでなく、売る前に何を会社に残し、何を切り出すかで税金も手取りも変わります。M&Aでは、価格交渉の前にスキーム設計が重要です。
まず結論:一部事業譲渡の主な方法は3つある
一部事業譲渡を実務で考えると、概ね次の3つに整理できます。
| 方法 | 概要 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 株式譲渡方式 | 対象外事業を事前に切り離し、その後に対象会社の株式を譲渡する方法 | 買い手は会社ごと取得。株主段階で課税が生じやすい |
| 事業譲渡方式 | 対象事業そのものを買い手へ直接譲渡する方法 | 会社には譲渡対価が残る。株主は直ちに課税されない |
| 会社分割方式 | 会社分割で事業を切り出してから売却等につなげる方法 | 適格なら簿価、非適格なら時価が基本。税務設計の差が大きい |
実務では、「対象事業だけを売りたいのか」、「対象外事業を残したいのか」、「債務をどう動かしたいのか」、「株主の税負担を抑えたいのか」によって最適解が変わります。
株式譲渡方式とは?対象外事業を先に切り離してから株を売る方法
株式譲渡方式は、まず会社の中にある対象外事業を外へ切り出し、その後に対象会社の株式を買い手へ譲渡する方法です。
たとえば、本業Aだけを売りたいが、不動産事業Bや資産管理部門Cは手元に残したい場合、先にB・Cを別会社へ移し、Aだけが残った会社の株式を売却する、という設計が考えられます。
株式譲渡方式のメリット
- 買い手から見ると、事業運営主体をそのまま引き継ぎやすい
- 契約関係、従業員、許認可などが維持しやすいケースがある
- オーナー株主が直接売却代金を受け取れるため、資金回収が分かりやすい
株式譲渡方式の注意点
- 事前の切り離しに会社分割等を使うと、適格・非適格の判定が重要になる
- 株主に株式譲渡益課税が発生する
- 会社に潜在債務や簿外債務が残っていれば、買い手が引き受ける構造になりやすい
- 事業承継税制を使っている場合、株式の移動が制約に触れないか要確認
実務コメント
株式譲渡方式はシンプルに見えますが、実際には「切り離し前の準備」こそが本番です。切り離しを急ぐと、税務だけでなく、契約承継・人員配置・借入金の付け替えでつまずきます。
株主段階で課税される点が事業譲渡方式との大きな違い
株式譲渡方式では、株主が買い手に株式を売るため、株主個人(又は法人株主)に譲渡所得課税が発生します。つまり、会社レベルだけでなく、オーナー側で税金が表面化しやすいのが特徴です。
一方、後で説明する事業譲渡方式では、対象事業を売るのは会社であり、会社が譲渡対価を受け取ります。そのため、事業譲渡の時点では株主個人には通常課税が生じません。この差は、オーナーの手取りや再投資設計に直結します。
事業譲渡方式とは?対象事業を会社から直接売る方法
事業譲渡方式は、対象会社が保有する事業そのものを、買い手へ直接譲渡する方法です。株式は動かず、売り手会社はそのまま残ります。
この方式では、どの資産・負債・契約・従業員を移すのかを個別に設計できるため、一部事業だけを切り出したい場合との相性がよいのが特徴です。
事業譲渡方式のメリット
- 対象範囲を比較的明確に設計しやすい
- 不要資産や偶発債務を残しやすい
- 株主個人には、譲渡時点で通常は課税が生じない
- 会社に残った資金を使って借入返済、整理、退職金支給などの施策を打ちやすい
事業譲渡方式の注意点
- 会社に譲渡益課税が発生する
- 資産ごとの移転手続、契約再締結、許認可対応が必要になりやすい
- 不動産・消費税・登録免許税など個別税目の確認が必要
- 売却後に会社を清算・解散するかどうかで最終的な税負担が変わる
平成29年度税制改正で何が重要になったのか
平成29年度税制改正では、いわゆるスピンオフを含む事業分離税制の見直しが行われ、一定の分割型分割について適格要件が緩和されました。これにより、従来は課税が出やすかった場面でも、一定要件を満たせば簿価での移転、すなわち課税繰延べが可能となる場面が広がっています。
実務で特に重要なのは、分割後の支配関係継続要件や株式保有関係の判定です。国税庁の質疑応答事例でも、平成29年度改正により、グループ内分割型分割について分割法人側の関係継続が不要とされる場面が示されています。
- 法人税法第2条第12号の11(適格分割の定義関係)
- 法人税法施行令第4条の3(適格組織再編成における株式の保有関係等)
- 国税庁「企業グループ内の分割型分割における株式の保有関係について」
- 国税庁「単独新設分割における『同一の者による完全支配関係』の判定について」
つまり、平成29年度改正後は、単純に「分割すると課税される」と考えるのではなく、どの要件なら適格になるのかを個別に見ることが必要です。
税務メモ
適格か非適格かは、単なる名称ではなく、簿価移転か時価課税かを左右する核心部分です。ここを外すと、想定外の譲渡益課税が一気に表面化します。
適格組織再編成(簿価分割)と非適格組織再編成(時価分割)の違い
適格組織再編成とは
適格組織再編成とは、一定の要件を満たす会社分割・合併などについて、税務上、資産・負債を帳簿価額(簿価)で引き継ぐことが認められる制度です。これにより、分割時点では譲渡益課税が繰り延べられます。
非適格組織再編成とは
非適格組織再編成は、適格要件を満たさない組織再編です。この場合、移転資産・負債は原則として時価で移転したものとして課税関係が組まれるため、含み益があるとその時点で課税が生じやすくなります。
| 項目 | 適格組織再編成 | 非適格組織再編成 |
|---|---|---|
| 移転価額 | 簿価 | 時価 |
| 含み益課税 | 原則として繰延べ | 表面化しやすい |
| 税務の狙い | 実質的に事業継続とみられる再編 | 実質売買に近い再編 |
| 注意点 | 要件判定が厳密 | 譲渡益・譲渡損の認識時期に注意 |
数値例で理解する:借入金を移すか残すかで株価が変わる
ご指定の数値例で考えてみます。
- 事業価値:1,000百万円
- 有利子負債:800百万円
このとき、負債の扱いで株価イメージは大きく変わります。
ケース1:有利子負債800百万円をすべて対象会社に残したまま株式譲渡する場合
この場合、買い手は事業価値1,000百万円を持つ会社を取得する一方で、800百万円の借入金も引き継ぎます。したがって、株式価値は通常、1,000百万円−800百万円=200百万円をベースに考えるのが基本です。
ケース2:有利子負債800百万円を対象外会社等へ移し、対象会社を軽くしてから株式譲渡する場合
この場合、対象会社には借入金が残らないため、株式価値は1,000百万円として評価されやすくなります。
つまり、実務では「負債を誰に持たせるか」が価格交渉そのものに直結します。
| 前提 | 株式価値の考え方 |
|---|---|
| 事業価値1,000百万円、借入金800百万円を残す | 200百万円 |
| 事業価値1,000百万円、借入金を移して残さない | 1,000百万円 |
実務コメント
元の資料にある数値例は、「借入金をどこに残すかで株式価額が変わる」ことを示す典型例です。株価だけを見ると高く売れたように見えても、負債がどこに残ったかまで見ないと、本当の手取りは判断できません。
税務の見方:株式譲渡方式と事業譲渡方式では、どこに税金が出るのか
株式譲渡方式の課税関係
株式譲渡方式では、基本的に株主に株式譲渡益課税が生じます。売却するのは会社ではなく株主だからです。
一方で、会社そのものは株式を発行しているだけで、会社に現金が入るわけではありません。したがって、会社内部で資金を使って借入返済や退職金支給をしたい場合は、売却前の準備や配当・役員退職金などの設計が問題になります。
事業譲渡方式の課税関係
事業譲渡方式では、売却主体は会社です。したがって、会社に譲渡益又は譲渡損が発生します。株主個人は、その時点では通常課税されません。
ただし、その後に会社が対価を株主へ配当したり、清算して残余財産を分配したりすると、そこで株主段階課税が発生する可能性があります。つまり、株主課税がないのではなく、課税時点が後ろへずれると理解すると分かりやすいでしょう。
損益通算の考え方:利益事業と赤字事業の組み合わせで有利不利が変わる
一部事業譲渡を検討する際は、対象事業だけでなく、対象外事業の損益状況まで見て判断する必要があります。なぜなら、事業譲渡方式では、会社内で譲渡益と他の損失・費用を吸収できる場合があるからです。
1. 対象事業が利益、対象外事業が損失の場合
この場合、事業譲渡によって対象事業の譲渡益が会社に出ても、対象外事業の損失と通算できる余地があります。したがって、会社レベルで課税所得を圧縮しやすいケースです。
一方、株式譲渡方式では、株主に譲渡益課税が出る一方で、対象外事業側の損失を株主レベルで直接使えるわけではありません。結果として、事業譲渡方式の方が全体税負担を抑えやすいことがあります。
2. 対象事業が利益、対象外事業も利益の場合
この場合は、どちらの方式でも税負担は一定程度出やすくなります。ただし、株主課税を先に発生させたくない、売却対価を会社内に残したい、借入整理や退職金支給をしたいといった事情があれば、事業譲渡方式が選ばれることがあります。
3. 対象事業が損失、対象外事業が利益の場合
この場合、売却対象事業に含み損や低収益性があるなら、どの資産をどの時価で切り出すかが重要です。非適格組織再編や事業譲渡では、損失認識が有利に働く可能性がありますが、否認リスクも含め慎重な判断が必要です。
4. 大きな繰越欠損金がある場合
繰越欠損金が大きい会社では、事業譲渡により生じた利益を欠損金で吸収できる可能性があります。ただし、M&Aの文脈では、欠損等法人に関する制限や、組織再編を使った節税スキームへのチェックが非常に厳しいため注意が必要です。
- 法人税法第57条の2(欠損等法人に係る制限)
- 法人税法第132条の2(組織再編成に係る行為計算否認)
特に、欠損金や含み損を利用することが主目的とみられると、税務上の否認リスクが高まります。「事業上の合理性があるか」を説明できる設計が欠かせません。
役員退職金はどう考えるべきか
一部事業譲渡では、オーナー経営者が売却を機に退任したり、会社整理に入ったりすることがあります。このとき検討されるのが役員退職金です。
役員退職給与は、法人側では損金算入の可否、個人側では退職所得課税の扱いが問題になります。特に、会社解散後も清算事務に従事する役員については、国税庁の質疑応答事例で、所得税基本通達30-2(6)により退職手当等に該当するものは、法人税法上も退職給与として取り扱うことが相当とされています。
国税庁の「解散後引き続き役員として清算事務に従事する者に支給する退職給与」でも、この点が明示されています。したがって、売却後に会社を整理していく場面では、役員退職金を活用して会社内資金を整理することが実務上有力な選択肢になります。
役員退職金が論点になりやすい場面
- 事業譲渡後に会社を休眠・解散・清算する場合
- オーナーがM&Aを機に経営から退く場合
- 会社内に売却代金が残るため、税負担を調整したい場合
注意
役員退職金は便利ですが、いくらでも損金になるわけではありません。功績倍率、在任年数、同業比較、退任の実態など、通常の役員退職給与と同じく相当性が必要です。
課税タイミングの違いを押さえる
スキーム選択では、税額だけでなく「いつ課税されるか」も重要です。
| 方法 | 主な課税主体 | 課税タイミング |
|---|---|---|
| 株式譲渡方式 | 株主 | 株式売却時 |
| 事業譲渡方式 | 会社 | 事業譲渡時 |
| 事業譲渡後の配当・清算 | 株主 | 配当時・残余財産分配時 |
| 適格分割 | 原則課税繰延べ | 将来の譲渡等まで繰延べ |
| 非適格分割 | 会社 | 分割時点 |
経営者としては、単純な税率比較ではなく、手元資金がいつ入るのか、納税資金をいつ確保するのかまで含めて設計する必要があります。
相続税評価への影響:一部事業譲渡は株価対策にもつながることがある
一部事業譲渡や事前分割は、M&Aのためだけでなく、自社株評価や相続対策にも影響します。
会社規模が小さくなると、類似業種比準方式に影響することがある
対象外事業の切り離しや資産圧縮により、会社の規模区分や利益・配当・純資産の状況が変われば、類似業種比準方式による評価に影響する可能性があります。
また、不要資産や多額現預金を会社から外すことで、自社株評価が下がるケースもあります。ただし、形式だけの操作と見られると、別の問題を生むこともあるため、単純な株価引下げ目的の設計は避けるべきです。
事業承継税制との関係にも注意
非上場株式の相続税・贈与税の納税猶予・免除の特例、いわゆる法人版事業承継税制を利用している場合、株式の移動や組織再編、事業実態の変化が継続要件に影響することがあります。
国税庁タックスアンサーNo.4148および中小企業庁の案内では、特例措置の利用には事前の特例承継計画の提出などが必要とされています。現時点で公表されている中小企業庁資料では、特例承継計画の提出期限は令和8年3月31日です。
一部事業譲渡によって会社規模が変わる、後継者の保有株式割合が変わる、事業実態が変わる、といった場合には、事業承継税制の継続要件に抵触しないかを事前確認すべきです。
相続対策の視点
M&Aと相続対策は別論点に見えますが、実際にはつながっています。「売却しやすい形」に整えることが、そのまま「承継しやすい形」になることも多いです。
ケース別:どの方法を選びやすいか
| ケース | 選択しやすい方法 | 理由 |
|---|---|---|
| 対象事業だけ売り、他事業は残したい | 事業譲渡方式 / 会社分割後の株式譲渡方式 | 切り分けの自由度が高い |
| 契約や許認可をできるだけ維持したい | 株式譲渡方式 | 法人格がそのまま残る |
| 株主課税を直ちに出したくない | 事業譲渡方式 | 譲渡時点の課税主体が会社になる |
| 含み益の即時課税を避けたい | 適格組織再編成を使った設計 | 簿価移転により課税繰延べを図れる |
| 会社に繰越欠損金が大きい | 事業譲渡方式を含め要比較 | 譲渡益吸収の余地があるが、57条の2・132条の2に注意 |
初心者が誤解しやすいポイント
「株式譲渡の方が必ず有利」ではない
株式譲渡はシンプルで使いやすい方法ですが、株主課税が早く出る、不要債務や簿外債務も含めて引き継ぎやすい、という面があります。対象外事業の切り離しが必要な場合は、前処理が重くなります。
「事業譲渡は税金が高い」とも限らない
会社に譲渡益課税が出るのは事実ですが、対象外事業の損失、繰越欠損金、退職金支給、借入整理などを踏まえると、トータルで有利になることがあります。
「適格なら絶対安心」でもない
適格判定を誤ると前提が崩れますし、形式だけ適格要件を整えても、事業上の合理性に乏しければ否認リスクの検討が必要です。
まとめ:一部事業譲渡は「価格」ではなく「設計」で差がつく
一部事業譲渡のM&Aでは、単に高く売れる方法を選ぶのではなく、次の視点をセットで考えることが重要です。
- 誰が売るのか(株主か、会社か)
- 何を残し、何を移すのか
- 負債をどこに残すのか
- 適格か非適格か
- 利益・損失・欠損金をどこで受けるのか
- 役員退職金や清算まで見据えるか
- 相続税評価や事業承継税制に影響しないか
特に実務では、株式譲渡方式と事業譲渡方式の二択ではなく、その前段階の事業の切り出し方こそが成否を分けます。平成29年度税制改正後は選択肢が広がった反面、要件判定と説明責任も重くなっています。
したがって、一部事業譲渡を検討する際は、FAや仲介会社だけでなく、組織再編税制・事業承継税制・オーナー課税まで見られる税理士や会計士を交えて、最初の段階でスキーム比較を行うことをおすすめします。
根拠法令・公表資料
- 法人税法第2条第12号の11 ほか(適格分割関係)
- 法人税法施行令第4条の3(適格組織再編成における株式の保有関係等)
- 法人税法第34条(役員給与等)
- 法人税法第57条の2(欠損等法人に係る制限)
- 法人税法第132条の2(組織再編成に係る行為計算否認)
- 所得税基本通達30-2(6)
- 国税庁「解散後引き続き役員として清算事務に従事する者に支給する退職給与」
- 国税庁「企業グループ内の分割型分割における株式の保有関係について」
- 国税庁「単独新設分割における『同一の者による完全支配関係』の判定について」
- 国税庁タックスアンサーNo.4148 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)
- 中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」および特例承継計画関係資料