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一部の事業を譲渡する場合

会社全体を売却するのではなく、M&Aの対象となる事業だけを残し、対象外の事業を先に切り離してから株式譲渡を行うという設計は、実務でよく検討されます。この場面では、単純に「事業を切り出す」というだけでは足りず、被買収会社の株主において、最終的にどのような株式譲渡損益が生じるのかまで見なければなりません。

特に、被買収会社株式の帳簿価額が大きい場合には、対象外事業を切り離した後の株式譲渡で株式譲渡損が生じることがあります。被買収会社の株主が個人であれば、その株式譲渡損を他の所得と自由に相殺できないため、税務上の意味は限定的です。これに対し、被買収会社の株主が内国法人である場合には、株式譲渡損を他の所得と相殺できる可能性があるため、事業の切り離し方によっては、株主側に節税効果が生まれることがあります。

ポイント
一部事業の売却では、「どの事業を切り離すか」だけでなく、「どの方法で切り離すか」によって、被買収会社株式の時価と帳簿価額が変わります。その結果、株主に生じる株式譲渡損益も変わるため、スキーム選択がそのまま税負担差につながります。

まず整理しておきたい論点

一部事業を売却する場合には、事業譲渡や会社分割で対象事業を直接移転する方法だけでなく、対象外事業を先に会社の外へ切り離し、その後に被買収会社株式を譲渡する方法も考えられます。この場合、被買収会社の株主における税務を中心に、次の点を整理する必要があります。

論点確認すべき内容
株主は個人か法人か個人なら株式譲渡損の使い勝手は限定的、法人なら他の所得と通算できる可能性がある
対象外事業をどう切り離すか時価で切り離すか、簿価で切り離すかで、株式の時価・帳簿価額が変わる
切り離し後の株式簿価株主側で被買収会社株式の帳簿価額が引き下がるかどうかが重要
株式譲渡損益への影響株式譲渡損を大きくできるか、小さくなってしまうかを確認する

一部事業の切り離しで、なぜ株主の株式譲渡損益が重要なのか

対象外事業を切り離した後に被買収会社株式を譲渡する場合、最終的に売るのはあくまで株式です。そのため、被買収会社の株主においては、株式譲渡益または株式譲渡損が発生します。

このとき、被買収会社株式の帳簿価額が大きく、対象外事業を切り離した後の株価が下がるのであれば、株主に株式譲渡損が出ることがあります。法人株主であれば、この譲渡損を他の所得と通算できるため、税務上のメリットが期待できます。したがって、単に「適格か非適格か」を見るのではなく、最終的に株主にどれだけの株式譲渡損が残るかという視点が非常に重要です。

ここで見落としやすい点
一部事業の切り離しは、会社側の税務だけを見て判断してはいけません。株主が法人である場合には、株式譲渡損をどれだけ確保できるかが、スキーム全体の有利・不利を左右することがあります。

非適格分割型分割を利用する手法

被買収会社の株主が内国法人である場合には、分割に伴ってみなし配当が生じても、受取配当等の益金不算入の適用が問題となるため、株主側の実効税負担が抑えられることがあります。そのため、M&A対象外の事業を切り離す方法として、非適格分割型分割を利用する手法が検討されることがあります。

この方法では、被買収会社の株主であるX社において、概念的には次のような処理が生じます。

(分割承継法人株式)××× / (分割法人株式)×××
             / (みなし配当)  ×××

この処理の重要な点は、みなし配当に相当する金額だけ、被買収会社株式(分割承継法人株式)の帳簿価額を引き上げる効果が期待できることです。結果として、後日に被買収会社株式を譲渡した際に、株式譲渡益を小さくする、または株式譲渡損を大きくする余地が生まれます。

非適格分割型分割を使う意義

視点意味
みなし配当が生じる法人株主であれば、受取配当等の益金不算入の検討余地がある
株式簿価が調整される後日の株式譲渡益を圧縮しやすい、または株式譲渡損を拡大しやすい
他方式との違い対象会社側ではなく、株主側に株式譲渡損益が残る点に特徴がある

事業譲渡方式や会社分割方式が、M&A対象事業そのものを直接移転する方法であるのに対し、非適格分割型分割を利用する方法では、最終的に株主に株式譲渡損益が残るという違いがあります。もし株式譲渡損が大きく生じるのであれば、非適格分割型分割の方が有利になる事案も考えられます。

対象外事業を時価で切り離す場合と簿価で切り離す場合の違い

対象外事業を先に切り離してから株式譲渡する場合、重要なのは時価で切り離すのか、簿価で切り離すのかという点です。この違いは、被買収会社株式の時価だけでなく、株主側の株式帳簿価額にも影響するため、最終的な株式譲渡損益に差が生じます。

時価で切り離す場合

対象外事業を時価で切り離す手法を採用した場合には、株主側の被買収会社株式の帳簿価額は、原則としてそのまま残ります。したがって、切り離し後に被買収会社株式の時価が下がれば、株主側に大きな株式譲渡損が生じやすくなります。

簿価で切り離す場合(適格分割型分割)

これに対し、対象外事業を簿価で切り離す手法、すなわち適格分割型分割による方法を採用した場合には、株主において、分割法人株式(被買収会社株式)の帳簿価額の一部を、分割承継法人株式へ付け替える必要が生じます。

概念的には、株主側では次のような処理になります。

(分割承継法人株式)××× / (分割法人株式)×××

この付替額の考え方を簡略化すると、次のように表せます。

算式の考え方内容
分割承継法人株式の帳簿価額A × B ÷ C
A分割直前の分割法人株式の帳簿価額
B分割直前における分割事業の簿価純資産価額
C前事業年度末における分割法人の簿価純資産価額

この結果、簿価で切り離す場合には、被買収会社株式の帳簿価額がそのまま残るのではなく、一部が分割承継法人株式へ移ってしまいます。そのため、後日の被買収会社株式の譲渡で認識できる株式譲渡損が小さくなることがあります。

時価切り離しと簿価切り離しの比較

比較項目時価で切り離す場合簿価で切り離す場合(適格分割型分割)
株主側の被買収会社株式簿価原則として引き下げられない一部が分割承継法人株式へ付け替えられる
株式譲渡損の生じやすさ比較的大きくなりやすい比較的小さくなりやすい
法人株主への節税効果大きな株式譲渡損を確保しやすい株式譲渡損の金額が縮小することがある

実務感覚でいうと
時価で切り離す方法は、株主側に株式譲渡損を残しやすい設計です。これに対し、簿価で切り離す方法は、会社側ではきれいに見えても、株主側の株式譲渡損が思ったほど出ないことがあります。

第三者割当増資と適格分割型分割を組み合わせる場合の注意点

前章で見たように、第三者割当増資を行ったうえで株式譲渡を行うと、被買収会社の株主において株式譲渡損を認識しつつ、被買収会社の繰越欠損金を毀損させない設計が可能になることがあります。

しかし、その後に適格分割型分割を行うと話が変わります。なぜなら、第三者割当増資によって増加した被買収会社株式の帳簿価額が、適格分割型分割に伴って、分割承継法人株式へ付け替えられてしまうからです。

つまり、せっかく第三者割当増資によって被買収会社株式の帳簿価額を引き上げても、その帳簿価額が分割承継法人株式の取得原価を構成してしまい、本来であれば被買収会社株式の譲渡で認識できたはずの大きな株式譲渡損が消えてしまうことがあります。

この場面での問題点

手順生じうる問題
先に第三者割当増資を行う被買収会社株式の帳簿価額が増加する
その後に適格分割型分割を行う増加した帳簿価額が分割承継法人株式へ付け替えられる
最終的な結果被買収会社株式の譲渡で期待していた株式譲渡損が小さくなる、又は消える

実務上の対応策

この問題を避けるためには、少なくとも次のいずれかの順番を検討する必要があります。

  • 非適格分社型分割により、M&A対象外の事業を切り離しておく方法
  • 適格分割型分割を先に行い、その後に第三者割当増資を行う方法

要するに、第三者割当増資によって作り出した株式簿価の増加分を、分割によって別株式へ移してしまわないよう、手順の順番を誤らないことが極めて重要です。

順番を誤ると設計が崩れます。
実務では、個々の手法それ自体よりも、「どの順番で実行したか」が税効果を左右することがあります。第三者割当増資と分割を組み合わせる場合は、順番の設計が中心論点になります。

一部事業の譲渡でどの手法を選ぶべきか

一部事業を譲渡する場面では、「対象外事業を切り離してから株式譲渡する方法」が魅力的に見えることがあります。たしかに、この方法には、許認可や契約関係を維持しながら、対象事業だけを売却しやすいという利点があります。

もっとも、税務上は次のような比較が必要です。

手法特徴向いている場面
事業譲渡方式対象事業を直接売る。買い手側で資産調整勘定等の検討余地がある買い手側の税務メリットを重視する場合
会社分割方式事業単位で切り出しやすいが、適格・非適格の判定が重要事業を一体で移転したい場合
対象外事業を時価で切り離して株式譲渡株主側の株式譲渡損を大きくしやすい法人株主で節税効果を狙いたい場合
対象外事業を簿価で切り離して株式譲渡株式簿価の付替えにより譲渡損が小さくなることがある適格再編を優先するが、株主側税務は慎重に見たい場合
非適格分割型分割後に株式譲渡みなし配当を通じて株式譲渡益を圧縮しやすい余地がある株主が内国法人で、株主側税務を重視する場合

本節のまとめ

  • 一部事業の譲渡では、対象外事業を切り離してから株式譲渡する方法が検討される。
  • この場合、会社側の税務だけでなく、株主側にどのような株式譲渡損益が生じるかが重要になる。
  • 株主が個人なら株式譲渡損の活用余地は限定的だが、株主が内国法人なら、株式譲渡損による節税効果が期待できる。
  • 対象外事業を時価で切り離す方法では、株主側の株式簿価が維持されやすく、株式譲渡損が大きくなりやすい。
  • 対象外事業を簿価で切り離す方法では、株式簿価の一部が分割承継法人株式へ付け替えられるため、株式譲渡損が小さくなることがある。
  • 第三者割当増資と適格分割型分割を組み合わせる場合は、順番を誤ると期待した株式譲渡損が消えてしまうため注意が必要である。

最終コメント
一部事業の譲渡は、単に「対象外事業を外に出してから売る」という話ではありません。時価で出すのか、簿価で出すのか、非適格にするのか、適格にするのか、さらに第三者割当増資を前後どちらに置くのかによって、株主側の株式譲渡損益が大きく変わります。したがって、実務では、会社側の税務と株主側の税務を一体で設計することが不可欠です。

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